道徳教育資料
年2回発行。学校現場からの提言、実践例などを内容満載の教育誌です。誌名を「みちしば」から変更しました。
2009.03.31
どうとくのひろば No.02
道徳的価値観の中核「主徳」の行方
巻頭言 より
広島大学名誉教授 黒田耕誠
■道徳と価値観
このごろの世の中は,以前より,道徳を嫌なもので無理やりな鋳型のようなものだとする風潮が広がっているように思われる。昔から道徳とは「単に生きる」こととはちがって,「人間としてよりよい生き方」だといわれてきた。それは,将来どんな職業や境遇になろうとも,常に人間らしい生き方の理想である。子どもでいえば,僕はこんな生き方をしたいという夢である。道徳は理想・夢・希望に向かう努力だからこそ「明るくひたむき」になれるのである。かつ生涯かけて追求する理想・夢であり,学年や年齢によって取得し終えるということはない。子どもであろうと大人であろうと,日々常に新たな課題である。まさしく,道徳は親子・師弟同行の営みである。
次に,道徳的価値観は,元来,一つにはその時代の,地域の,また世代のものである。二つには,個々人のものでもある。肝心なことは,価値観というからには,纏まった構造・システムをなしており,更に構造の中核があるということである。道徳的価値でいえば「主徳」あるいは「中心価値」があり,他の関連する価値はそれに従うのである。
■西洋古代の主徳
歴史を顧みれば,西洋古代では,ギリシア文明がヨーロッパ諸民族にとって「母なる故郷」といわれているが,ホメロースの昔から,知恵・勇気・節制・正義が「ギリシアの四元徳」とされてきた。プラトンによれば正義は先の三者のバランスであり,知恵こそが事物の理想的な姿・形つまりイデアを見ぬく主徳であるという。自然哲学やソフィストを経て,ギリシア道徳思想の主峰ともいうべきソクラテスやその弟子たちにまで,一貫して知恵を重んずる合理主義が流れている。最善であるような知恵(主徳)に従って生きること,これがポリス市民にふさわしい徳であった。
■西洋中世の主徳
最大の教父アウグスティヌスは,三位一体説をもとに信仰・希望・愛をキリスト教道徳の主徳とし,自然的なギリシアの四元徳をその下においた。イエスの贖罪を信じて神の愛にこたえる人びとは,その信仰の証として隣人愛を実行しなければならない。キリスト教道徳の根本(主徳中の主徳)である隣人愛は,ギリシア的なすぐれたものへの愛(エロース)ではなく,むしろ人間的な善悪を超えてすべてを包む神の愛(アガペー)なのである。それは人間自身にそなわるものではなく,キリストによって与えられる信仰の力になる。
■ルネサンスの主徳
名画「ヴィーナスの誕生」をボッティチェリが描いたルネサンスの時代は,古代ギリシアの学問・芸術の再生であった。中世のカトリック教会と封建制度の権力と束縛を断ち切って,自由解放の精神にめざめ,人間性の肯定という思想をもつに至った。古典文化から人間性を学んだとしても,実際にはギリシア的人間とは同じではなかった。ルネサンス人にとっては「万能人」こそ理想像であった。例えば,国家の君主が政治権力を行使するためには,宗教や道徳を無視するどころか,時にはそれを手段として活用すべきであると説いたマキャベリがいる。彼はこのような権力意志の力を「徳」とよんだ。
もっともルネサンスは,中世末の暗い土壌の中で少しずつ育っていたのである。13世紀後半には,すでに教皇の威令もゆきわたらず,教権は世俗的権力に圧倒されはじめていた。とりわけ十字軍以後の活発な交通・貿易は各地に商工都市を実現させ,新しい市民階級を生み出していた。こうした貨幣経済の発達と社会の変動にともなって,来世的な幸福よりも現世的な欲望の満足をもとめる風潮がめばえはじめていたのである。市民の経済的欲望は,やがて科学や技術の発達を促し,新航路・新大陸の発見によって,ヨーロッパ人の活動の舞台を全世界に拡げたのである。
■自然法と主徳の根拠
16~17世紀では,自由で創造的な生き方を認めて個人を尊重しようとする人間観や,合理的・実証的に社会や自然をとらえようとする科学的な世界観が育っていた。近代自然法の基礎を築いたイギリスのホッブズは,人間が自然状態のままだと「万人の万に対する戦い」になると考え,各人の権利と自由を一つの権力,即ち国家に譲り渡し,平和と利益を保つ契約を結ぶことにした。この理性の命令が自然法である。国家はこうした絶対権力をもち,善悪の基準も定め,国家の命令には絶対服従することを説いた。このように道徳の根拠を個人の感情でなく,社会や国家にもとめた。また,ロックも同じく道徳的善悪も自然法が基準になるとした。ルソーは,人民は社会正義の実現される国家を契約してつくるという意味で「主権在民」を前提にすべきとした。
18世紀のカントは,自然科学やルソーの民主主義的精神に非常に感銘を受けたことなどから,道徳の真理基準を普遍的妥当性にもとめた。「道徳的善」は行為の動機が道徳的法則に無条件に従っているかどうかで決まると考えた。カントの思想は,その後ドイツ観念論として,19世紀前半のヨーロッパを広く支配したのである。
イギリスでは18世紀の中頃からはじまった産業革命によって,道徳もまた資本主義社会の経済と結びついて展開されるようになった。その代表がアダム・スミスである。ここでは商品交換が等価交換の原理に立つので,「信用・正直」といった徳が「勤勉」や「節約」とともに強調された。ベンサムの功利主義などが,その系列に属する。
■東洋・特に日本の主徳
広い中国では,孔子の儒教やインドから伝来した仏教,更に道教など,幾多の国家の成立・衰亡の多様な変遷をとげている。われわれ日本人の考え方は,「古事記」や「日本書紀」などに示される古神道が元にあるが,後に仏教や儒教の影響を受けていくことになる。
仏教伝来は6世紀前半であるが,その受容に大きな役割を果たしたのは聖徳太子である。太子の時代は,国内では氏姓社会の間の争いや,豪族のわがままをはじめとして,反道徳的な風潮が盛んであった。また,朝鮮半島での日本政府の失敗や中国大陸の隋に対する対抗意識といった問題の多い時代であった。そのため,聖徳太子は「篤く三宝を敬え」とさとすことで,人びとに生活の反省を促した。それは「十七条憲法」の第一条に「和をもって貴し」と説いた点にあらわれている。
奈良時代の国家仏教を経て,最澄と空海の立案があり,鎌倉期には法然,親鸞が称名念仏により弥陀の慈悲にすがることを説いた。両者は現実の社会は真正の道徳を実現できる地盤ではないとみなしている。日蓮はこれに反対し,われら衆生は元々釈尊の愛子にほかならず,この社会こそ成仏に達する立派な地盤であるとした。また鎌倉仏教は,武士道と密接な関係をもっている。特に,栄西や道元の禅宗,自力による仏への帰依は,武士の主君に献身する覚悟に容易に転化できる。
儒教の伝来は4世紀から6世紀のことであったといわれる。聖徳太子は十七条憲法で,個人の心のもち方は仏教を中心に,公共の場では儒教の考え方を受け入れている。しかし,儒教といえば江戸時代近世に興隆期を迎える。朱子学は藤原惺窩や山崎闇斎が代表者としてあげられる。闇斎によれば,「敬」の徳によって心を治め,外に対しては威儀をととのえることで大義名分を正すべきと説いている。陽明学は,中江藤樹,熊沢蕃山,佐藤一斎などがいるが,藤樹は「孝」を人倫の原理(主徳)とした。
■明治以降の主徳とその変遷
明治時代のはじめは西洋の文物が多く取り入れられたが,中頃から儒教の復活がみられる。「軍人勅諭」や「教育勅語」をはじめ,国民道徳のよりどころとして重視されるようになった。日本の儒教のいろいろな学派が共通して強調したのは「忠孝一致」と「誠」の道徳であった。このことは,中国の朱子学や陽明学にみられず,むしろ日本人が古代から尊重してきた「清明心」を受けつぐものといえる。清き明るき心とは,手前勝手な私心をもたないで,全体に融合する中で自分を生かす心である。
近現代に,経済的欲望の肥大した西洋大国は,競って植民地獲得に乗り出し,結果は第一次・第二次世界大戦を引き起こしていくことになる。近代日本も同類とする向きもある。
敗戦後,アメリカの占領政策の下,日本の多くの庶民は食べることに汲々とし,戦前の「修身」を役立たずとする傾向になる。いわば「忠」「孝」の主徳を失ったといえる。昭和30年代・40年代の経済成長は,「経済的利得」が最上の徳となった。更に,企業の繁栄を徳としたことが,やがて個人の道徳観に転移する。今日,児童虐待,親殺し,賄賂の横行,偽広告の続出と,暗いニュースが毎日続いている。子どもにとって,今や,政財界人その他,模範となるべき者が稀少化し,子どもが夢を描きにくくなっている。
■道徳教育の方針
確かに,昭和33年から,道徳教育が学校で行われている。その道徳教育は,子どもに夢を与え,望ましい道徳的価値観を育てようとするものである。ところが,主徳の行方を失った現実は,道徳教育がはじまっても,教師個人あるいは集団の偏った指導となったり,指導要領に示された価値内容を,自校や地域の問題にすりかえた生活指導にしてしまうことが多かった。
こうした現状を踏まえて,道徳の内容構成に四つの視点の導入がはかられた。即ち,1:対自,2:対他,3:対自然や崇高なもの,4:対集団や社会,これらにかかわる内容を分類整理し,全体構成の関連性・発展性を明確にすることになる(「小学校指導書道徳編」平成元年3月 p.17,「中学校指導書道徳編」平成元年3月 pp.17-18)。道徳教育の目標は,「学校の教育活動全体を通じて行うこと」と一貫して示されてきた。今回の平成20年3月告示の学習指導要領の総則第1の2に「学校における道徳教育は,道徳の時間を要(かなめ)として学校の教育活動全体を通じて行うもの」とされた。更に,小学校学習指導要領における道徳教育の目標では,「道徳的価値の自覚」に続いて「自己の生き方についての考えを深める」と追加している。
これらのことは,道徳を,道徳的価値観を改めて問い直しているといえる。つまり,道徳的価値とはどのような構造をもっているか,また,道徳の時間を「要(かなめ)」とすることは,子ども各自の胸底に伝わる指導を学校教育活動全体に及ぼすこと,更に道徳的価値の自覚を自己の生き方について深めることは,子どもにとって望ましい道徳的価値を育てることにほかならない。
■道徳の横軸と縦軸
道徳は,人間が社会生活を営むために必要な掟である。好んで隠遁しようとも人間として守らねばならぬ掟である。いつもその道徳が生み出された時代と社会のようすを考えなければならない。なぜなら道徳は,人類の生活経験の歴史的な移り変わりに従って形づくられ,伝達され,学ばれ,社会の人びとによって共有されてきたものだからである。筆者が本稿の前半において,主に西洋と日本の「主徳」の変遷について触れたのもそのためである。
人はある歴史的社会的状況の中に生を受ける。その時勢にただただ身をゆだねる生き方には,本当の自分が見失われている。出生をはじめ自己の選択のできない偶然の事実を真正面から受けとめ,その打開を自己の使命として最善の努力を尽くすほかない。
人は,両親,兄弟にはじまって,近隣の人,学級・学校の仲間,郷土・地域にかかわり,国家そして世界人類と否応なしにかかわる。そのような幅広い横軸でのかかわりを社会性の軸といってもよい。道徳教育の内容は,これまでこの軸にかかわる問題が多かった。しかし実は,道徳は今一つの縦軸ともいうべき歴史性の軸との交差点上に存在している。例えば,生命の尊さとその引継ぎを示唆する相田みつをの誌を引こう。
「父と母で二人/父と母の両親で四人/そのまた両親で八人/……(中略)……/過去無量の/いのちのバトンを受けついで/いまここに/自分の番を生きている/それが/あなたのいのちです/それがわたしの/いのちです」(「自分の番 いのちのバトン」相田みつを著『しあわせはいつも』文化出版局刊より引用)
人間は,横に縦に結ばれたくさびの一環としてのかかわりを感じ取り,そこに自分の居場所をみつける時,自立しているのである。人間はいつも,かれが生活している時代と社会の中から,生き方の理想像(「主徳」を核とする道徳的価値観)を学びとってきた。また,それとともに,かれの生活行動は,その時のその社会の生き方の理想像を新しくしていく。だから現代の道徳を問題にすることは,突き詰めると「わたしたちが,いまここで,どのように生きるべきか」という問いに答えることなのである。
先にも述べたように,現代では,経済的利得や個人的利得が,いかにも「主徳」であるかのようにみなされている。そうした傾向は,人間の一面のみをとらえ,人間自身を単なる商品とみなすことになる。人間を単に「○△に過ぎない」とする考え方を,精神病理学者のフランクルは「ホムンクリスムス(人間合成術)」と呼んでいる。
たとえ一つの価値を問題とする場合にも,その価値は横軸と縦軸の交差点上にあることを忘れてはならない。わたしたち人間は,常に「生かされ,生きていく」のであって,前者にはかかわりの感覚・自覚がなければならず,後者には自己の受けとめた理想・使命感,子々孫々に伝える責務がなければならない。道徳教育は,いわば「連帯する個」の探索である。そして,諸説横行し未だ定かでない今日の道徳的価値観の「主徳」を究明することが,わたしたちに課せられている。


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