学び!と美術

学び!と美術

鑑賞教育~発達と言語活動
2015.03.10
学び!と美術 <Vol.31>
鑑賞教育~発達と言語活動
奥村 高明(おくむら・たかあき)

 教育は、「計算とか言語とか基礎的なスキルをベースに、思考力や判断力を高めましょう」で終わりがちです。でも、これからは、コミュニケーションとか、人間関係をつくるとか、社会に参画するとか、そのような実践力が求められるでしょう。それは、美術鑑賞が十分に担える部分です。
 このときにポイントになるのは、鑑賞における発達と言語活動です。本稿ではその二つを視点に、低学年、中学年、高学年、中学1年、中学2・3年の特徴を、簡単に説明します。

 なお本稿で紹介した作品は全て、日本初、本格的美術鑑賞のウェブサイト「鑑賞教育.jp」で見ることができます(※1)。サイト中の「鑑賞教育キーワードmap」では、各学年に最適の作品をキーワードで選んだり、プレゼンモードで鑑賞したりすることができるので、ぜひ参考にしてください(※2)。

低学年

 子どもが鑑賞している姿は、大人とはずいぶん違います。大人は一対一で対決するように美術作品に出合いますが、低学年の子どもはむしろスッと一体化します。そこから、何か感じて、発言します。視覚だけでなく、触覚や聴覚なども活発に働かせています。私はよく「鑑賞は全身運動」と呼んでいるのですが、例えば、高村幸太郎の《手》に出合ったら、子どもたちはすぐに、あの複雑な手の形を真似ようとします。マイヨールの《夜》の前で、同じポーズをとります。言語活動的には、全身で感じ、考えたことが言葉になれば、それだけで十分でしょう。

中学年

 この学年で特徴的なのは、想像の世界、物語の世界がどんどん膨らんでいくことです。東山魁夷《道》だと、道の真ん中に立って「向こうに何がある」「外国に行ける」とか、いろんなことを言います。絵の中に入り込んで、その世界を見渡すように語ります。子どもにとって作品は、作品というよりも、目の前に広がる世界なのです。言語活動的には「この形がきれい。この動きが面白い」のように、原因と結果を分けることができるようになります。進行役は、子どもの意見の「根拠」を丁寧に押さえるように進めると、絵と関係のない話に広がって、収集がつかなくなってしまうことはありません。

高学年

 高学年は、かなり分析的、論理的に鑑賞するようになります。「どこからそう思ったの」という質問にもはっきり答えられますし、謎解きとか推理とか、話し合いそのものを楽しむ特徴をもっています。例えば古賀春江《海》について、いろいろ話し合った後に、「じゃあこの作品に題名をつけましょう」というと「私はね、《空想と現実の世界》、それは、女の人が、潜水艦が、、、、」と話すことができます。鑑賞を進める側としては、形や色などの造形的な要素をしっかり取り出して、一緒に謎を解いてみるような姿勢がよいでしょう。

中学1年生

 中学生は、自分を見つめる年齢です。自分にこだわったり、周りの目を気にしたりしはじめます。それは同時に、「作家は何を考えたのだろう」という問いが成り立つということです。「作家について語る」は「自分について語る」と同じことですから。例えば、アントニー・ゴームリー《反映/思索》で、「過去の自分と今の自分を比較して人生について考えている」などのような発言ができるようになります。また、日本文化について考えたり、現代作家の社会に対するメッセージを読み解いたりすることもできます。テーマを決めてディベートや小グループでのディスカッションなど、いろんな方法を試すといいでしょう。

中学2・3年生

 美術は、「これを美術として見ましょう」「それをこのような方法で担保しましょう」という約束事や制度の側面があります。それは、国の歴史や社会背景などで、かなり違います。そのことが、中学2・3年生にもなると理解できるようになります。例えば、モーリス・ドニ《雌鶏と少女》を見て、縦書きのサインとか縦長の画面構成などから日本らしさを見つけ、文化的な影響について考えることができます。「学芸員が作品を配置した意図」「美術館が美術を定義する」などのような難しいテーマに挑戦するのもよいでしょう。

 これからは、単に、学力を高めるということだけではなく、社会を生き抜く力を高める、あるいは自分の気付かない能力を覚醒させる、などが求められるようになるでしょう。そのために美術館に行ったり、美術鑑賞をしたりするということが、美術の一つの「役割」になるかもしれません。その際に、発達や言語活動に配慮して、育てたい力にそった鑑賞活動を行うことが大事だと思います。

 

※1:「鑑賞教育.jp」
平成24~26年度科学研究費基盤(B)「美術館の所蔵作品を活用した鑑賞教育プログラムの開発」研究代表:一條彰子(東京国立近代美術館)の成果報告である。奥村は研究分担者で、特に「鑑賞教育キーワードmap」の原案作成に携わっている。本稿はその骨格部分を解説したものである。
※2:「鑑賞教育キーワードmap」
「担当している学年には、どんな作品を鑑賞させたらいいの?」「この作品を鑑賞するには、どんな方法があるの?」などの疑問を解決するきっかけとなるよう作成されたウェブサイト。美術館での学習において、児童生徒の反応が高かった作品を選択し、各学年の鑑賞の特徴、作品解説、鑑賞方法・実践例や子どもの言葉とともに紹介している。キーワードや作品解説、プレゼンモードでの鑑賞など、教員や学芸員が美術館・博物館の所蔵作品を活用し、鑑賞教育プログラムを考案・指導する際の手助けとなる。