学び!とシネマ

学び!とシネマ

チョコレートドーナツ
2014.04.18
学び!とシネマ <Vol.97>
チョコレートドーナツ
二井 康雄(ふたい・やすお)

(c)2012 FAMLEEFILM, LLC

 心震える。差別され、偏見の目で見られる弱者たちの哀しみか、想いを寄せ合う同士が共に暮らせない無念さか。それでも人と人とが寄り添おうとする。男と女の愛ではない。さまざまな愛の形のひとつである。映画「チョコレートドーナツ」(ビターズ・エンド)を見て、震えが止まらない。

(c)2012 FAMLEEFILM, LLC

 14歳のダウン症の少年がいる。愛し合う男性二人がいる。三人がいっしょに生活しようとする。アメリカの社会、法制度は、それを許さない。今なお、ゲイには差別、偏見がある。まして、映画の舞台となる1979年頃のアメリカでは、なおのこと。最近の映画「私はロランス」は、女性になりたいと願い女装するロランスと、ロランスの恋人の女性との切ないラブ・ストーリーだが、周囲のロランスに注がれる好奇の眼差しは偏見に満ちていた。本作でも、ホモ野郎だとか、オカマだと罵られるし、ダウン症に対する偏見も根強い頃の話である。1970年代にアメリカで実際にあった話が、映画の脚本の基になっている。

(c)2012 FAMLEEFILM, LLC

 女装してクラブで唄い、ベッド・ミドラーに憧れ、歌手になる夢を抱くルディ(アラン・カミング)。唄うルディを見つめているのは、ゲイを隠している弁護士のポール(ギャレット・ディラハント)。二人はすぐに仲良くなり、それぞれの過去や夢を話し合う。
 ルディの住むアパートの隣に、薬物中毒の母親(ジェイミー・アン・オールマン)と、ダウン症の息子マルコ(アイザック・レイヴァ)が住んでいる。母親はマルコを残して男友達と出かけてしまう。心優しいルディは、マルコの面倒をみるようになる。
 母親が逮捕され、マルコは施設に収容される。ルディとポールは、夜中、施設を抜け出したマルコを発見する。二人は服役中の母親の了承を取り付け、審理の席では従兄弟と偽り、マルコを引き取ることになる。
 マルコはアシュリーの人形と、チョコレートドーナツ、ハッピーエンドのお話が好きで、ディスコ・ダンスが得意だ。三人の楽しい食事、マルコにお話を聞かせるルディ。マルコは学校にも通い、幸せな日々が続く。1年ほど経ったある日、ポールの上司のホームパーティがきっかけでポールとルディの関係が公になる。従兄弟と偽った審理の席での証言が原因で、マルコは再び施設に入れられてしまう。
 ルディはポールに言う。「今こそ、法で世界を変えるチャンスだ」と。そして、マルコを呼び戻すべく裁判に持ち込む。ゲイであることが決定的に不利となり、二人の願いは却下されてしまう。さらに二人はベテランの黒人弁護士とともに控訴するのだが。
 ラスト近く、ルディがボブ・ディランの名曲「I Shall Be Released」を唄うシーンがある。「…私の光がやってくるのが見える 西から東に輝きながら もうすぐ今日にでも 私は解き放たれる…」。さらに、震える。たとえ血がつながっていなくても、人を想う心は誰にも止めることはできない。
 世界には、人間には、さまざまな愛の形がある。特殊な愛の形への偏見、差別が、次第になくなってはいるとは思うけれど。映画はつまらない大人の偏見や常識にとらわれず、人を想い、柔軟な優しい心を持つことの意味を静かに問いかけてくる。
 マルコがチョコレートドーナツを食べて「おいしい」と、すてきな笑顔を見せる。三人で過ごした幸せな日々のホームビデオが挿入される。どちらもドラマ展開に重要なシーンで、優れた構成、演出と思う。監督はトラヴィス・ファイン。俳優もこなし、本作が監督作としては初の日本公開となる。

2014年4月19日(土)、シネスイッチ銀座ico_linkほか全国順次ロードショー!

『チョコレートドーナツ』公式Webサイトico_link

監督:トラヴィス・ファイン
出演:アラン・カミング、ギャレット・ディラハント、アイザック・レイヴァ、フランシス・フィッシャー
原題:Any Day Now
アメリカ/2012年/97分/カラー
日本語字幕:大西公子
配給:ビターズ・エンド