学び!とシネマ

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聖者たちの食卓
2014.09.26
学び!とシネマ <Vol.102>
聖者たちの食卓
二井 康雄(ふたい・やすお)

『聖者たちの食卓』より

 映画を見る喜びのひとつは、たとえばドキュメンタリー映画なら、世界じゅうの、いろんな出来事に接することができること。このほど見た「聖者たちの食卓」(アップリンク配給)は、インドの北西部、パキスタンとの国境に近いアムリトサルにあるシク教の総本山ハリマンディル・サーヒブ(黄金寺院)に訪れる信者たちに食事を振る舞う様子が、逐一描かれる。シク教の教義では、すべての人は平等である。祈りでは、「無料食堂の鉄板がずっと使い続けられますように」と唱えるらしい。

『聖者たちの食卓』より

 1日に作る食事は5万食から10万食。ともかく、そのスケールの大きさに驚く。ジャーナリストで作家の佐々木俊尚さんは、この映画へのコメントで、「喧噪と混沌にあるインドが描かれている。しかしその向こう側に見えてくる、すべてが清浄で根源的である、完璧な食風景を鮮やかに感じました。みんなで作って食べるって美しい」と書いている。言い得て妙である。
 映画では、ほんの少しだけ字幕で説明が出るが、ほとんど何の解説もない。効果音もなければ、ナレーションもない。ただ、食事の準備をし、訪れる人たちに提供し、行列した人たちが整然と食べ、その後片づけの様子が淡々と映し出されるだけである。
 食事の準備をし、調理し、配り、後片づけをする人たちが、単に一生懸命というだけではない。整然と、さも普通のように振る舞い、それぞれの役割をこなす。もはや、神々しいとしか言いようがない。
 ランガルという無料食堂である。いちどに5,000人入る食堂が2つある。10万食なら、この2つの食堂がそれぞれ10回転することになる。厨房も巨大なスペースで2ヵ所ある。食材の野菜は、寺院の近くで穫れたものや、近くの市場から仕入れる。小麦粉、豆類、米、牛乳なども、毎日毎日、大量に消費される。すべて寄付で賄われている。
 食堂のルールがいくつかある。入るときは靴を預け、手を洗い、足を清める。宗教や階級に関係なく、大人も子供も、男性も女性も、一緒に座る。レンタルもあるが、ターバンを巻き、タオルを着用する。お代わりは自由だが、残さず食べる。使った食器は元に戻す。酒、タバコの持ち込みは禁止。大勢での食事だから譲り合うこと、などなど。

『聖者たちの食卓』より

 サハダールという食事の準備や奉仕をする人は約300人。この人たちが、毎日5万食から10万食を準備し、後片づけをする。ある日のメニューは、豆カレー、チャパティ(パン)、ライタ(ヨーグルトの中に刻んだ野菜入り)、サブジ(野菜のスパイス合え)などなど。
 朝からさまざまな準備がある。にんにくや玉ねぎの皮を剥き、刻む。じゃがいもの皮を剥く。巨大な鍋で煮る。粉をこね、チャパティを焼く。午後、大勢の人が整然と食堂に向かう。食事が始まる。壮観である。シク教の信者ばかりではない。観光客や、地元の恵まれない人たちもいる。賑やかに、みんな同じものを食べる。
 ふと、近頃のファミリー・レストランの風景を思い浮かべる。まだ若いふたりが食事している。デートなのかどうかは分からないが、せっかくの食事である。なのにまったく口をきかない。二人とも黙々と携帯かスマホの画面を見て、時折、何かを食べている。いったい、食事、食べることとは何なのかと考え込んでしまう。
 監督はベルギーの映像作家、フィリップ・ウィチュスと、その妻の写真家で映像作家でもあるヴァレリー・ベルトー。アムリトサルに滞在した折り、黄金寺院での食事風景を目の当たりにして感動、製作のきっかけになったという。
 人間は、残念ながら動物や植物を食べることでしか生きていけない。人間は食べることでなんとか生きていける。食べることとは何か、あらためて深く考えてみるきっかけになるドキュメンタリーと思う。

2014年9月27日(土)より渋谷アップリンクico_linkほか全国順次公開!

『聖者たちの食卓』公式Webサイトico_link

監督:フィリップ・ウチュス、ヴァレリー・ベルトー
2011年/ベルギー/65分/Color/16:9
原題:Himself He Cooks