学び!とシネマ

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ふたつの名前を持つ少年
2015.08.10
学び!とシネマ <Vol.113>
ふたつの名前を持つ少年
二井 康雄(ふたい・やすお)

(C)2013 Bittersuess Pictures

 今年は終戦からちょうど70年。前回、本欄で紹介した「ソ満国境 15歳の夏」をはじめ、映画の世界では、この8月、戦争に関するいろんな作品が公開、上映されている。ドイツとフランスの合作になる「ふたつの名前を持つ少年」(東北新社配給)もその一本で、強くお勧めしたい作品である。
 ふたつの名前とは、ユダヤ人としての本名スルリックと、ナチスドイツの迫害を逃れようとして名乗る、ポーランド人の名前ユレク。主人公は、まだ8歳の少年である。壮絶、悲惨、過酷などと、ひとことで言ってしまえることではない。とにかく、父の遺した「何としてでも生き延びろ」の言葉に、ユレクは身の上と名前を偽って、ドイツが降伏するまでの3年間を、生き延びようとする。

(C)2013 Bittersuess Pictures

 1942年冬。雪の中をユダヤの少年スルリックが歩いている。スルリックは、父の最後に遺した言葉を反芻する。「名前を変えてでも、生き延びろ、ただし、ユダヤ人であることを決して忘れるな」と。半年前、ワルシャワのユダヤ人居住区を脱走したスルリックは、他の少年たちと森の中でなんとか生活している。ドイツ兵が追ってくる。仲間の少年たちとはぐれて、スルリックは餓死寸前。ある家の前で倒れてしまう。助けてくれた夫人の夫と息子たちは、ナチスに抵抗するパルチザンに加わっている。スルリックは、父の教え通り、「ユレク・スタニャク」とポーランド名を名乗る。ナチスの秘密警察は、ユダヤ人を拘束している。夫人の家にも追っ手が迫る。ユレクの生き残るための旅が始まる。
 映画は、ユレクの逃避行を、スリリングに綴っていく。もう、死と隣り合わせ、いつ死んでもおかしくない状況が、ユレクを待ち受けている。映画を見ているうちに、ユレクに感情移入するのか、ひやひやしながら、ここを逃れてほしい、無事で生き延びてほしい、と思うようになっていく。また、映画の内容を際だたせるかのように、ポーランドのあちこちの風景が、美しく撮られている。緑に溢れた春、雪の舞う冬、深い森、渓流などなど、四季の移ろいが、孤独のユレクに寄り添う。

(C)2013 Bittersuess Pictures

 ポーランドとドイツの歴史が背景になる。ドイツは、ポーランドのあちこちに住むユダヤ人の一般市民を迫害、虐殺しようとする。ユダヤ人の存在を密告するポーランド人がいる。ユダヤ人は、逃れるしかない。映画には原作小説がある。ユダヤ人の作家、ウーリー・オルレブの書いた「走れ、走って逃げろ」(岩波書店・母袋夏生 訳)で、ヨラム・フリードマンというユダヤ人の実体験が基になっている。ウーリー・オルレブ自身も、ユダヤ人の強制収容所や、ナチスから逃れるための隠れ家生活を経験していて、当然、その小説は真実味がある。ウーリー・オルレブは、他にもすぐれた児童小説を書いている。「遠い親せき」、「太陽の草原を駆けぬけて」(どちらも岩波書店・母袋夏生 訳)などを読むと、映画がさらに身近に思えてくるはず。

 もうひとつ、お勧めがある。晩年、日本の国のありようを憂えた映画監督、黒木和雄の撮った4本の映画、「TOMORROW/明日」(1988年)、「美しい夏キリシマ」(2002年)、「父と暮せば」(2004年)、「紙屋悦子の青春」(2006年)が、8月21日(金)まで、戦後70年の特別企画として、岩波ホールで上映されている。ぜひ、足を運んでください。なお、どれもDVDで見ることも可能である。
 2004年に出版された「私の戦争」(岩波ジュニア新書)という本で、黒木和雄は書く。『…私たちの現在の日常のなかに「戦時下」のあの日々の姿がかたちを変えて、ふたたび透けて見えてくるような危機感を私はいだきます…』と。戦後70年、黒木和雄監督の遺した言葉の意味は重い。

2015年8月15日(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町ico_linkほか全国ロードショー!

■『ふたつの名前を持つ少年』

監督:ペペ・ダンカート
出演:アンジェイ・トカチ、カミル・トカチ、ジャネット・ハイン、ライナー・ボック イタイ・ティラン
原作:ウーリー・オルレブ作 『走れ、走って逃げろ』 母袋夏生訳 岩波書店
原題:RUN BOY RUN
2013年/ドイツ・フランス/カラー/108分
配給:東北新社
Presented by スターチャンネル
宣伝協力:ブレイントラスト