学び!とシネマ

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木靴の樹
2016.03.25
学び!とシネマ <Vol.121>
木靴の樹
二井 康雄(ふたい・やすお)

(C)1978 RAI-ITALNOLEGGIO CINEMATOGRAFICO – ISTITUTO LUCE Roma Italy

 中学生を自殺に追いやるような教育現場がある。学校はイジメが分かっていながら知らぬフリをする。事件が起こってから調査しても意味がない。
 ワイロを受け取るなど、明らかに悪いことをした大臣が辞任。睡眠障害とやらで、ちゃんとした説明をしないで逃げまわっている。外国との交渉で、徹夜に近い日々を過ごしたタフな政治家なのに。検察は動かず、やっと一部の弁護士たちが告訴した。
 小児の甲状腺がんは、100万人に一人の確率。福島の5年後、168人の小児が罹患している。それについての感想を聞かれた厚生労働大臣は、環境省の所感だからと、ノーコメント。
 景気は上向きだと政府は言う。一部の恵まれた人たちはそうかもしれないが、景気が上向きなどというのは、タクシーの運転手さんに話を聞けばうそだと分かる。スーパーで、ふつうの主婦が特売のチラシを手にどういう買い物をしているか、ちょいと注意深く観察するだけでもうそだと分かる。
 子育て中の女性がしっかりと働ける環境ではないし、介護に携わる人は低賃金。これで、みんな活躍できるのか。
 なんらかの形で、いまの教育や政治に関わっている人たちに、ぜひ見てほしい映画がある。もちろん、まだ学校で学んでいる若い人たちにも。たとえ、搾取され、貧しくても、きちんと食べ物を作り、神に祈り、しっかり生きている人たちがいることを、映画は静かに語りかける。

(C)1978 RAI-ITALNOLEGGIO CINEMATOGRAFICO – ISTITUTO LUCE Roma Italy

 ずいぶん前に公開されたが、「木靴の樹」(ザジフィルムズ配給)という映画が、このほどリバイバル公開される。舞台は、19世紀末の北イタリア、ロンヴァルディア地方のベルガモ。貧しい農民の家族たちが、どのように暮らしているかを、ドキュメンタリータッチで綴っていく。上映時間は3時間7分。長いけれど、退屈はしない。
 広い農場に、4つの家族が住んでいる。土地、住居、家畜の畜舎、農具などは、すべて地主の所有で、収穫した作物の3分の2は、地主のものとなる。
 バチスティ家。6歳のミネク(オマール・ブリニョッリ)は、頭がよくて可愛い少年だ。父親は、ミネクを労働力として期待しているが、神父は、ミネクを学校に通わせるよう、父親に申し渡す。ミネクは、片道6キロもある学校に通うことになる。
 アンセルモ家。ルンク未亡人(テレーザ・ブレッシャニーニ)の仕事は、洗濯の請負。6人の子どもがいる。牛の世話や畑仕事は、アンセルモじいさんと15歳の長男ペピーノの担当である。娘ふたりは、村で洗濯の注文を受けてくる。ペピーノは、家計の足しにと、とうもろこしを粉にする工場に働きに出る。じいさんは、トマトの苗を植える準備に取りかかる。
 フィナール家。けちなフィナール(バティスタ・トレヴァイニ)は、馬車の引き出しに小石を詰める。これでとうもろこしの量が多くなるよう、ごまかすわけだ。フィナールは、息子のウスティと、しょっちゅう親子喧嘩をしている。ある日、道に落ちている金貨を見つけたフィナールは、馬の蹄に金貨を隠す。
 ブレナ家。美しい娘のマダレーナ(ルチア・ペツォーリ)は、紡績工場に勤めている。マダレーナは、恋人のステファノを家に連れてくる。結婚式を済ませ、ふたりは新婚旅行でミラノに行く。
 バチスティ家。学校からの帰り道、ミネクの履いている木の靴が割れてしまう。夜、父親は、河沿いのポプラの樹を切って、ミネクの靴を作ってやる。

(C)1978 RAI-ITALNOLEGGIO CINEMATOGRAFICO – ISTITUTO LUCE Roma Italy

 ここには、貧しいけれど、必死に生きていく人たちの姿が映し出される。みんなで、土地を耕し、家畜を育て、働き、教会で祈る。ミネクの父親は、一晩かけて木靴を作るが、木靴の樹もまた、かれらのものではなく、地主のもの。それでも、人は、与えられた条件のなかで、生きていくしかない。
 監督は、映画の舞台となったベルガモ生まれのエルマンノ・オルミ。ほかには、「聖なる酔っぱらいの伝説」、「ポー川のひかり」、「楽園からの旅人」などを撮っている。どの映画でも、風景を美しく見せる監督だが、1978年に撮った本作でも、ベルガモの風景を、まるで絵を見ているように美しく切り取っている。
 バッハの音楽が、貧しい人たちの祈りを助けるかのように静かに流れてくる。いくつかのカンタータ、「われを憐れみたまえ、おお主なる神よ」などの四声のコラール、ゴルドベルグ変奏曲からのアリアなど。
 現代の日本。裕福な政治家たちは、カップ麺がいくらで売られているかということや、派遣の人たちの賃金がいくらかということを知らない。時代も国も違うが、北イタリア、ベルガモの貧しい人たちが、どのように暮らしていたかくらいは知っておいてほしい。

2016年3月26日(土)、岩波ホールico_linkほか全国順次ロードショー!

『木靴の樹』公式Webサイトico_link

監督・脚本・撮影・編集:エルマンノ・オルミ
音楽:ヨハン・セバスチャン・バッハ
1978/イタリア/187分/カラー/スタンダード
原題:L’albero degli zoccoli
配給:ザジフィルムズ
(C)1978 RAI-ITALNOLEGGIO CINEMATOGRAFICO – ISTITUTO LUCE Roma Italy