読み物プラス

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フューチャースクールの“その先”へ(後編)
2014.09.30
読み物プラス <Vol.10>
フューチャースクールの“その先”へ(後編)
〜教育の情報化の定着に向けた成功の鍵〜
北海道大学公共政策大学院教授 蛯子准吏

1.学校現場の不安

 総務省「フューチャースクール推進事業」と文部科学省「学びのイノベーション事業」の実施以来、新たな教育の情報化の可能性が広く認識され、導入に向けた取組みが全国各地で進んでいます。しかし、学校現場には不安もあります。パソコンに詳しくない自分でも本当に使うことができるのか? 本当に必要なのか? 今までの授業の良さがなくなってしまうのではないか? などです。普通教室という日常の学びの場にコンピュータがやってくるインパクトの大きさを考慮すると、これらの不安は当然のことです。フューチャースクールの実証校でも同じような不安がありました。どのようにして取組みを定着させたのでしょうか。3年間の実践を通じ、定着に向けた3つの成功の鍵(ポイント)が明らかになりました。

2.コントロールする

 教育の情報化の最大の不安は、人と情報通信技術(ICT)の主従関係が逆転することです。ICTに人が「使われる」状態に陥り、これまでの教育で大切にしていたことが失われてしまうのではないかなど、ICTとの向き合い方によっては、これらの不安は現実のものになるかもしれません。それを避けるためには、ICT環境(システム)の安定性とシステムを思い通りに操作する利用者の技能(リテラシー)の習得が第一に求められます。この2つは車の両輪です。一体に取組むことで初めてICTを主体的にコントロールできるようになります。新たな機能や性能より誰もが簡単に自由に安定して使えるシステムを導入すること、そのシステムを利用するための技能やノウハウを習得できるサポート体制をつくることが重要です。

3.成功体験を積み重ねる

 児童・生徒の学力、クラス環境等といった様々な要因により指導方法は変化します。ICTは授業を画一化する道具ではなく、多様化する道具として捉えるべきです。金太郎飴のような同じ授業ではなく、環境変化に応じた多様な授業をするための道具として、ICTを活用することが重要です。そのためには、誰かが考えたICTを活用した授業方法をそのまま取り入れるのではなく、その取組みを参考にしつつも、現場の教員が自ら考え、試行錯誤することが求められます。教員が主体的に取組むためには、何よりモチベーションを維持することが重要です。短期間に成果を求めるのではなく、小さな成功体験を積み重ね、その成果を確認しながら、一歩ずつ定着を図るアプローチが求められます。

4.組織として学び・成長するサイクルをつくる

 教育の情報化の最終段階は、組織への定着です。組織への定着とは、どのような状態を指すのでしょうか? それは、組織的な取組みとして活動し、振り返り、より良いものにするためのアイディアを生み、新たに活動する、「学び・成長するサイクル」が形成されている組織であることです。その実現にあたっては、データの蓄積と学習の継続的な取組みが土台になります。まず、個人の知識・ノウハウを組織全体で共有できる環境を構築します。自作のデジタル教材や指導案等の活動記録を学年、教科、単元などに応じて整理し、サーバなどで共有することで、個々人の知見を組織全体の財産にすることができます。次に、蓄えられた情報をもとに研修等を通じて教員間で学び合うことで、知識・ノウハウの定着を図るとともに、意見交換により気づきを促し、新たな指導方法等のアイディアを創発し、新たな活用を図り、その情報を共有する、「学び・成長するサイクル」を形成することができます。これらを一過性のものではなく、継続的な取組みとして定着させることが重要です。一部のフューチャースクールの実践校では、教員による自主的な研究会を週1回20~30分程度、継続的に実施することで活動の定着をはかりました。ここでも個人の取組みと同じく、一歩ずつ着実に積み重ねることが重要な鍵となります。

 これらの3つのポイントには、共通して心掛けることがあります。それは、教員自らがワクワクし、「楽しむ」ことです。その思いは、児童・生徒にも伝わり、取組みを活性化し、学習効果を高めることでしょう。教育の情報化は、効果的に教科を教えることだけを目的とするものではありません。「学び」の楽しさを教えるための、新たなコミュニケーション基盤として活用することが、より本質的な目的になります。教員が自ら「学び」の楽しさを再発見し、「学び」の楽しさを実感できる授業を実践することこそが、教育の情報化を大きく前進させる原動力となるのです。

 

蛯子 准吏(エビコ ヒトシ)
北海道大学公共政策大学院教授
ボーズ株式会社入社、長野オリンピック冬季競技大会組織委員会情報通信部通信課主事への出向を経て、富士通に入社し富士通総研出向。内閣府地方分権改革推進委員会事務局上席政策調査員出向