●鏃 YAJIRI「私の満足」
ある日の床屋さんで,(今は理容院といわなくてはいけないそうですが。)髪を切り終わるといつものようにおもむろに鏡を取り出し「いかがでしょうか。」といわれる。これは儀式のようなもので「すみませんがもう少し耳の横が長い方がいいんですが。」とは言えない。なにせもう切ってしまっているのですから。こちらは結構ですという意味をこめてうなずくか「はい。」と言わざるを得ない。主人は納得して首にまわしている布のカバーをはずし,サッサッとブラシをこちらの肩にかけて「お疲れ様でした。」という。この時の店の主人の顔がいい。一仕事終えたちょっとした満足感をただよわせた顔だ。
これを私は『理容院さんの満足』といっている。『○○○の満足』とすればわれわれの業界にもあてはまりそうである。よい意味にも悪い意味にも使えてなかなか奥深い言葉だぞと一人で気にいっている。
今,“子供に添った教育とか,子供たちは何を感じ,何を欲しているのか等々,どこにいっても児童理解の研究,研修が花盛りのよう。みんな心理学者になってしまったみたいだ。
表現することを核として活動する図工・美術教育にあっては指導者はもっと“自分が得意な分野を強調した活動”や“自分がやってみたい表現活動”に固執してもよいのではないだろうか。新指導要領がでたところで,そんなことを考えてみた。私が満足する活動『私の満足』いい言葉ではないか。
(光 たろう)
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