●教師の目
インドに住んで考えたこと
神奈川県鎌倉市立大船小学校 後藤楯比古
●ニューデリー日本人学校へ赴任
1996年3月から1999年3月までの3年間,ニューデリー日本人学校で勤務した。
滞在した3年間に,インドは独立50周年(1997年)を迎え,マザーテレサの死(1997年)を悲しみ,世界を震撼させる地下核実験(1998年)を実施した。このインドの現代史ともいうべき出来事をリアルタイムで,肌で,映像で知り得ることができた。
ニューデリー日本人学校は幼稚部,小学部,中学部で編成され,約100名の園児,児童,生徒が在籍。児童・生徒は6台のスクールバスで登下校。夏は3月下旬から始まり,卒業式,入学式は冷房を入れた中で実施。4月の下旬から7月にかけては40度を超す日が続き,暑さが和らぐのは10月上旬。11月の下旬から2月までは気温は20度前後となる。
●喧噪の町…オールドデリー
オールドデリーはニューデリーから車で20分ほどの北にある。オールドデリーに近づくと人の群れが途端に多くなる。道路はバス,タクシー,リキシャー,サイクルリキシャ,牛車でひしめき合う。止むことのない車のクラクション。道端では露店が連らなる。お香,香料に小便と牛のふんが入り交じった匂いが鼻孔の壁を突き刺す。古い両側の建物は埃りにまみれ,ヒンディー語の看板が林立する。
はじめて訪ねた時は町の異様さに驚いたが,2回,3回と行くうちに,ニューデリーにはない人の群れ,人々のざわめき,猥雑な匂い,毒々しい活気に魅せられてしまった。
ニューデリーの町並は計画的に作られ,整然とした街路樹で覆われているのに対し,オールドデリーの町並はゴミゴミとし,一歩路地に踏み込むと日射しの届かない迷路となる。このような路地にも人で溢れ,牛がのっそり歩く。
ムガール王朝時代のレッドフォートの裏側の広大な空地に日曜日,市場が開かれる。日本で言えばフリーマーケット。通称「どろぼう市場」の名でインド人に親しまれている。
数百の店が出店しているだろう。ヒンディー語の音楽ががなりたてる中を客の声と呼び込みの声が錯綜する。人波をかき分けて物乞いの子どもたちがまとわりつく。
皿一枚の店があった。茶色に錆ついた釘を皿に盛っている。こんな釘を誰が買うのかと思わず想像する。「どろぼう市場」には新品の衣服,椅子などもあるが,配電盤のようなガラクタの品物が売られている。
●文鎮構造の国…インド
現在,インドの人口は約9億8000万人。そのうち購買力のある階層を新聞は中間層と呼ぶ。その数は1億5000万人とも2億人とも書く。ずいぶんとこの数字のあげかたは大雑把と言うしかない。なかには1億人もいないと指摘する日本人もいる。ともかくもこの中間層を「世界最後の巨大市場」として,日本,欧米の企業が進出し合弁会社を設立している。
友人のA氏が「インドを一口に言うと文鎮構造」と言った言葉を思い出す。文鎮とは小学生が習字に使用する,直方体の中央につまみがついたシンプルの形のもの。A氏によればつまみの部分がほんの一握りの富裕層であとは貧しい人々から成っていると解説する。たしかに,はじめてインドで目の当りにしたのが貧富の差に驚き,貧しい人々が多いことであった。高級住宅の近くのスラムは象徴的に語っている。
路上生活者は厳しい環境のもとで生活をする。日本の路上生活者は単身(多くは男)であるのに対し,インドの路上生活者は家族全員で生活をする。5,6歳の子どもが弟・妹を世話をする。いま一つの違いは,日本の路上生活者の青テントには電気製品をはじめ生活必需品が揃っている。一方インドの青テントの中にあるものは,鍋と食器,毛布と少ない。燃料に使用するのは街路樹の枝である。ニューデリーの冬の朝は5度まで気温が下がり,寒さで死ぬ人もでる。夏は熱波で死ぬ人が多い。亡くなる人の多くは貧しい階層の人々と高齢者である。
●ニューデリー教育事情
朝の幹線道路は通勤バスと共に黄色いインドのスクールバスが行き交う。スクールバスには私立学校に通学する子どもたちが乗っている。親が無理してでも私立学校へ子どもを進めるのは,17ある公用語の一つ英語を授業に採り入れたり,英語で授業を行っているためである。英語を習得しているかいないかで子どもの将来が左右されるため,小学校1年から英語を教える私立学校を選択する。幼稚園の段階から英語を導入しているところもある。
ネルー大学出身で,日本の大学に留学体験のあるアヌラーグ・ガシャプさんは「日本の人はいいですね。インド人同志でも英語を話すことが多くて,日本人同志の時は日本語でしょう」と上手な日本語で話す。彼の母国語はヒンディー語。
いま,日本でも英語を第二の公用語にしようとする動きがある。国際化していくためには英語は必要であろう。しかし世界で活躍する人は一握りの人間である。そのために小学生段階から全員に英語を課することは大きな負担である。
アヌラークさんではないが,日本人同志でありながら英語を話すとしたらあまりにも悲しい。
一方公立の小学校・中学校の施設・設備は私立校とは格段の差がある。教室に椅子,机がなく外で授業を行っているところもある。この公立校に行けない子どもたちがいる。貧困と親の無理解で,カーペット,マッチ,レンガなどの工場で7・8歳の子どもたちが働いている。インドの教育問題の大きな一つが児童労働である。学校へ行くことができず,家の仕事,工場で働らく子どもたちは9000万人と言われる。
インドの子どもたちは貧しい環境にある。ハンバーガーを口にすることのできる子どもたちは一部である。多くの子どもたちは今日の夕食にどうありつけるかが生きる全てである。まさに「サバイバル」そのものである。
子どもたちの目は爛々としている。しなやかにたくましく路上を駆回る子どもたちに,「豊かさ」とは何かを考える機会を私に与えてくれた。