●鏃 YAJIRI

未だ見ぬあるいは希望の共同体  



 2001年は, 激動の事件の数々で, 世界はまさに転換期を迎えていることを如実に実感させた。 そんな年の瀬の12月にNHK3チャンネルで, チャップリンの 「独裁者」 が放映された。 それを企画した人も偉いと思うが, パントマイムの無声の俳優であるチャップリンは, その当時の時代状況を 「声」 を出して激しく, 批判する。

 市井の理髪師の平和への希求を表現するためには, チャップリンは 「声」 をあげざるを得なかったのだ。 しかし, 賛成するにせよ, 反対するにせよ声をあげることそのものが, 回避されてはならないであろう。 しかし, どうであろうか現状は。 我々は, ニヒルで怪しい雰囲気に漬されてはいないだろうか。

 さて, このように近代社会が行き詰まりをみせ, 人間が社会が, 逼塞する現状を目の前にして, 従来の制度や共同体から逃走する姿が多く存在し始めている。 それが消極的に現象しているにせよ, 積極的に現象しているにせよ, それはこうしたことの表裏一体の現れなのだ。

 しかるに, 今必要とされるのは, 逃走し, 分断される個々をゆるやかにつなぐネットワークの生成ではないか?チャップリンの悲痛な叫びのように, 叫びだけにとどらまらせておくことはできない状況にすでに追い込まれている。

< 不定形 >

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