●鏃 YAJIRI
道
神奈川県鎌倉市立御成中学校
後藤楯比古
「東山魁夷展−ひとすじの道ー」の展覧会が今年の1月横浜美術館で開かれ,代表作の一つ「道」(1950年)を久しぶりに見る。はじめて「道」を見たのは画集であった。道,叢,空という簡潔な画面構成に強く引かれたことを覚えている。画面下の両脇から上方に向かって続く坂道。坂道とはいっても緩やかな坂道である。なだらかな丘,丸みのある叢はよりいっそう画面に静けさを与えていた。「道」は道をテーマにした作品を見るきっかけとなった。
二度目は1981年,東京国立近代美術館での「東山魁夷展」である。「道」は他の作品と比較して大きいとはいえないが,私を引きつけた。ピンクがかった灰色の道を下から上へ,上から下へと繰り返して見た。道の両脇にある叢となだらかな丘は青緑,空は青みグレー。使われている色彩はわずかであった。
縦長の画面に配置された道は,画面上方で右側の叢と緩やかな丘に消える。遠方に見える白っぽいすじは決して道ではないだろう。道を追うことはできない。道は曲がり続いていくことのみを暗示している。
静かで広々とした画面は,見る者をこの道に立っているかのような気持ちにさせるものがあった。今回,あらためて見た「道」では,そのことを強く意識した。
道はどこへ伸びていくのか。道を描くということは画家にとって何か。また,その作品を見る者にとって何であるかを考えさせる。
この問いを考えるうえで,岸田劉生が描いた道を見る。作品は「道路と土手と塀(切り通しの写生)」(1915年)である。構図は東山魁夷の「道」と似ている。坂道は画面下から上方に向かって描かれている。坂道は雨水でできた窪みが走り,土の塊,小石が露出する。このザラザラとした坂道に細木の黒い影が2本横切っている。坂道は画面上方で途切れる。それは空に飛び込むような描写である。画面左側には冬の日射しを受けた石積みにコンクリートの塀が,強い遠近法で描き出されている。右側の切り通しの土は黒い。
岸田劉生が描いた道は,東山魁夷の道とはあまりにも対照的である。岸田劉生の画面は動的で激しいものであるのに対し,東山魁夷の画面は静的で穏やかなものを感じる。
二人が道を描いたのは岸田劉生は24歳,東山魁夷が42歳のときであった。
道には巡ってきた道,進むべき道への思いがある。そこには希望,願い,祈りとともに悩み,焦り,葛藤が生まれる。さらに道は今の自分を映し出す鏡に他ならない。
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