機関誌Web版「FORME」

  >> No.280 >> p24
 
連載 鏃YAJIRI

 美術のすばらしさ

青森県中学校教育研究会美術 部会長
佐々木 健

 平山郁夫先生があるインタビューでこう述べていました。「昔は美術の先生がいるだけで雰囲気や心が和む,感化されるということがあった。そういう教師が今は少なくなった。美しいという価値にもっと深く気づかせ感受させるよう,教師はもっと感性豊かに,穏やかに子どもと接していかなくてはならない。そして感情的にならず,心静かに子どもに接してほしい。美の感化という教育作用をもっと大切にしたい」。

 子どもの作品は心を表しています。比較でなく,違いから互いのよさを知ることが今の日本の教育に不足しているのではないでしょうか。成績のよい生徒が命の大切さに気づかずいろんな事件を起こしています。教科を通して子ども一人ひとりのよさをアピールできる学習指導を生徒自身が求めています。そういう意味でも美術という教科はとても素晴らしい教科であるとつくづく思います。

 また,学校に美術の先生がいてよかった,やっぱり美術の先生が必要だという存在感をアピールすることも大事ではないでしょうか。例えば,校内に生徒の作品を飾ったり美的センスのよさを生かし校内の掲示物を美しくレイアウトすること,学校祭などでの子どもたちの制作の指導やアドバイスをすることは美術の先生の得意とするところです。「開かれた学校」を目指した学校からのさまざまな情報発信も一方的に情報を流すのではなくて,受け手である保護者や地域のみなさんに理解してもらうということが前提になります。そのためには,わかりやすく印象に残る情報を心がけることが大切であり,それにはビジュアルな表現が不可欠です。ここにも美術の先生の出番があります。

 中教審答申の中の「教科に関する意見」の中の「芸術」に,「音楽と美術をどちらかを選択にして2時間やる方がよい」という意見があり,「基本教科の時間を増やさねばならない,そのためにはそれ以外のどこかの教科の時間を減らさなければならない。芸術を高校のように美術と音楽のうちいずれか一つの教科選択制にする方がよい」といったことを講演等で吹聴されている委員の先生もいるようですが,誠に遺憾に思います。

  注意深く,特に感心を持ってその議論の方向に注目していきたいと思います。

 同時に,学校現場で美術教育に携わっている私たちも,必修教科としての美術が育む力,美術の必要性を日々訴える努力をしていかなければなりません。

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