if もしも 美術教育考古学・未来学―それぞれの岐路

連載 第12回

“Savoir”と“Connaitre”へのタイムスリップ

モデレーター / ミヤワキオサム

●「…について知る:“Savoir”」と「…経験することによって知る:“Connaitre”

筆者ら(宮脇理・岩崎清・直江俊雄)が、ハーバート・リード(Herbert Read 1893〜1968)著『Education through Art』を『芸術による教育』として,フィルムアート社から“再訳”したのが2001年。それに先立つこと半世紀前の1953年(昭和28)、同著の“初訳”が植村鷹千代・水沢孝策の両氏によって、今回と同様の『芸術による教育』と訳題され美術出版社から刊行。その3年後の1956年(昭和31)、周郷博(すごうひろし1907〜1980)は、自己の講座を下敷きにした報告、「芸術を通しての教育」を『美育文化』誌(Vol.6、No.2)に載せています(副題:−新しい美術教育講座−、アンダーラインは筆者)。つまりH.リードの上述の書名を「芸術による教育」と訳し、一方の周郷は「…を通して」と訳しています。この差異はなぜか? そして半世紀後の現在、筆者らも「…を通して」ではなく「…による」を訳題としたが、それはなぜなのか?

●教育一般への眼差し:“Savoir”と“Connaitre”

諸外国の学者の「紹介」の仕事の多い周郷は、祖述や解説にも定評があり、さらに紹介から「評釈」へと次元を上げてきた教育学者の一人です。氏は、前述の講座の参会者に対してH.リードの「Education through Art」を下敷にしつつも、造形の多義性には触れずに、“Savoir”と“Connaitre”から教育との関係を見ようとしています。なにしろ1945年以前の教育は知識量の蓄積を誇るのが尺度でしたが、周郷は、知識の集成自体は半導体を内蔵する機器に収納されてしまう未来を予見し、まずは対象に親しむことからイマジネーションを鍛練し、恒久化させ、自己訓練を助けることによって創造力の源泉を充たすという、サヴォワールを超える図式を示したのです。
 さらに、Education through Artの「Art」の解釈は一筋縄ではいかないので深くは触れられないが、“教育”は、サヴォワール「…について知る」よりも、コネトル、つまり「…経験することによって知る」のほうが、頭で理解するよりも人間の感性とか感覚、感情、動作に中心を置いた優れた接近方法であり、それらを備えた芸術こそが教育方法としては最適であり、これに目ざめて欲しいというのが趣旨であるとしています。H.リードの「Education through Art」を素材とし、戦前と戦後教育の差異、教育とは何かという設問に対しての時宜を得た一つの状況応答であったと思います。

●時代に符合した“Savoir”と“Connaitre”の周辺

知ることよりも知ることを学ぶための方法論を生活綴方で、また歴史を絵によって確かめる栗岡方式の称賛、アーサー・ホワイトヘッドの紹介、イマジネーション、カタルシスとつづくConnaitreへの周郷の語り口は、敗戦後(1945年以降)の受け身によって得た教育からの脱皮と、迫りくる産業構造の変革がますます知識集約型の教育を迎えようとする危機的臨場感をよく表わして、日本の教育が置かれている状況を前にしての緊急提案としても評価できるのです。ただ周郷が“Connaitre”と芸術を結びつけた先見性は評価できるものの、「Art とは何か?」が不明のママ漠然と“Savoir”と“Connaitre”との差異を論じたところに半世紀前の現実があり、一方、芸術に知見の深い植村が“Art とは何か?”を、“through Art”から「…による」としたのは、Art の多様さに重ねたと推量されます。世間のArt への眼差し、着地帯の幅の狭さには、“i f:もしも”の入る隙間は無かったのです。

●生涯学習時代の“Savoir”と“Connaitre”

現在は世間・大衆が禁句や聖域に踏み込むことのできる時代であり、映像などを出遅れたアート、サブカルチャーなどと蔑視できないのが現実…。この現実、ありようの中での「Art とは何か?」なのです。
 理由はいうまでもなく情報メディアの日常化により、多くの事物や事象について個人的見解がプロの批評家という存在を危うくさせていることでも解ります。一例としては、落語家の春風亭小朝師匠がいうように、「落語&プロレス&マンガ&グルメ&アニメ&ゲームなどの多領域をカバーし、しかも天下・国家を論じるというオシャレみたいな感じとなる」(週間朝日2006.6.30)に溢れていますが,なんといっても誰もが飛びつくのが“教育批評”でしょう。それだけ“教育”は特別区/聖域ではなく、人々の眼に晒される場でもあるのです。この生涯学習時代の“Savoir”と“Connaitre”の関係はどうなのだろうか? 逆に、いくらでも「批評」という言葉がついて不思議ではない対象が溢れる時代こそ、「ある特定の対象に対する言辞」の生きる、生まれる時代でもあると思うのです。

●学校に位置する造形芸術への焦点化

芸術が拡張され、人間生活そのものが芸術になることが芸術の着地点、姿なのでしょうか。まさに未来の「if:もしも」ですが、それはさておき「批評の時代」に「○×批評」が安易に生まれるのも予想される危機です。しかし断定的批評はただの感想、愚痴、批判であり、これは単なる“Savoir”の延長上の言辞でしかなく、批評から評論、評論から思索を経ての思想には辿り着けないのは明白。まずは“特定の対象”に絞り込むには、対象を受け止められるだけの充分な根拠を示すことです。二つ目としては対象をより良い方向に継続する可能性、知見の裏付け、見通しが必須の条件です。
 連鎖させますが、本誌『形』のNo.281号の【YOU−悠】の“まだ狭間”への現実的回想、【視座】の「自分が情報になる」「自分がメディアになる」という、まるで映画『ミクロの決死圏』(R.フライシャー監督 1966)のような実践への視線こそが、緊急の着地感覚と思えます。

宮脇 理 元筑波大学教授。博士(芸術学)。
◎現在:中華人民共和国・華東師範大学顧問教授(上海)、同・厦門(アモイ)大学客座教授。
◎質問、お問い合わせは下記へ。
PXB13463@nifty.ne.jp
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