No.51 平成19年10月 発行

全国学力調査の活用

杉田 豊
静岡文化芸術大学副理事長
元静岡県教育長

●全国学力・学習状況調査結果と市区町村教委の対応

朝日新聞は、去る9月12日、「学力調査点数公表に慎重」の見出しで、全国の市区町村教育委員会のアンケート結果を一面に大きく報じた。
 報道の骨子は、文科省から提供されるデータのうち、「点数」に当たる平均正答数を公表する予定の教委は1割(8.8%)に達せず、分析結果だけの公表にとどめるか、いずれも公表しないが合わせて5割(19.6、31.5%)を超え、「数字データ」の公表を避けようとする教委の姿勢が浮き彫りになった、というものであった。

●全国学力・学習状況調査の目的

この調査の目的は、

  1. 全国的な義務教育の機会均等とその水準の維持向上の観点から、各地域における児童生徒の学力・学習状況等を把握・分析することにより、教育及び教育施策の成果と課題を検証し、その改善を図ること
  2. 各教育委員会、学校等が全国的な状況との関係において自らの教育及び教育施策の成果と課題を把握し、その改善を図ること(文科省)

としている。
  このたびの調査が全数調査であることを踏まえ、文科省の示す目的2)を少し敷衍(ふえん)すれば、各教育委員会、学校は調査結果を踏まえ、これまでの成

果と課題を検証して今後の教育改善に役立てて欲しいということである。そして、学校特に教師には児童生徒の学力や学習状況の把握は勿論のこと、結果を一人一人に日々の教育活動を通して生かして欲しいということであろう。全国の小学6年生、中学3年生の悉皆(しっかい)による調査をした意味はここにあるはずである。単に国としての水準や課題等を把握するのであれば標本による調査で十分だからである。

●全国学力・学習状況調査結果の公表

学力調査の結果について文科省が公表するのは、各教科の「知識」「活用」の国全体や都道府県ごとの平均正答数、分析結果などで、市区町村と学校にはそれぞれの当該分のデータが提供される。公表の範囲や方法は各教委、学校に任せられている。
 調査結果については、全国規模の実施でもあることから教育関係者のみでなく保護者や地域の関心も高い。公表の範囲や方法により、序列化や競争の過熱化を招来する恐れなしとしない。それゆえ各学校は市区町村教委の指導を受けて対応するとしても、市区町村教委は何らかの指針を示す必要がある。

冒頭のアンケートは市区町村教委の苦悩の様をよく表している。教育を取り巻く環境は余りに複雑で、平均正答数が必ずしも地域や各学校の努力の正しい反映にはなっていないからである。しかも、数値は一旦示されれば、独り歩きをするのが通例だからである。
 一方、地域住民とりわけ保護者にとって、わが子が通う学校の状況がどのようになっているか、その実態を知りたいと思うのはごく自然の感情である。
 全国的な調査をし、その結果の周知について、少なくとも保護者の理解が得られないようでは禍根を残す。公表の方法等は、確かに難しい問題であるが、できる限り時間をかけ、細かな分析をし、その結果を踏まえ実情をていねいに説明することである。これこそ説明責任であり、誤解を生まない最良の方法といえる。

●全国学力・学習状況調査結果を生かす

保護者に対し理解を得るもう一つの方法は、各学校がそれぞれの努力で、調査の結果をきめ細かな指導を通して児童生徒一人一人に十分生かすことである。これは本調査の大きな目的でもある。保護者は、学校や学級の状況より、わが子がどのような状況下にあるかに強い関心を持っている。調査の結果がわが子の指導に生かされていることが理解できれば、学校の平均正答数等にそれほど強いこだわりは持たないはずである。
 むしろ懸念するのは、額に汗して問題を作成し、実施した調査でないことから、各教師が調査結果を含め、消極的な対応をすることである。
 今回の調査は、生活習慣等についての質問調査も行われている。静岡県浜松市教育委員会では、本調査を児童生徒の学力向上や学習意欲の向上につなげる手がかりにしたいと、保護者はもとより、臨床心理や栄養管理の専門家を巻き込み、子供の学習意欲と心の状況、食生活との関わり等についても活発な協議を重ねている。

●学力・学習状況調査と今後の教育の在り方

わが国の児童生徒の学力低下が、取りざたされるようになって既に久しい。「PISA」の結果の下降が「ゆとり」教育批判に拍車をかけたことは承知の通りである。
 今回の学力調査問題、特に「活用」に関する問題は、知識等を実生活の場面に活用する力などを調べており、「PISA」の出題形式に近いものである。このことは、今後のわが国の教育の方向を暗示しているようで、日々の教育活動の指針となろう。