社会科FAX情報 No.55

平成18年1月発行

  社会科FAX情報 >> No.55
 
 

■文科省,読解力向上へのプログラムをまとめる

 少しばかり古い情報になりますが,昨年の10月はじめ,新聞各紙におよそ次のような内容の報道がありました。

 文部科学省は,文学的な文章を味わう指導に偏りがちだった「読解力」の定義を広げ,文章や資料,データを解釈し論理的に思考できる力を養成するためのプログラムをまとめた。これによると,国語だけでなく,算数・数学や社会などすべての教科を通して,〈1〉文章や図表を理解・評価しながら読む力〈2〉自分の考えを書く力〈3〉文章・資料を読む機会や自分の意見を述べたり,書いたりする機会――を充実させることを挙げた。
 具体的な指導法については,文科省が資料集をすでに作成しており,近く,全国の小中学校に指導資料を配布する。

 こうしたプログラムを作成した背景として,各紙とも昨年のOECDでの学力調査をあげています。ところがすでに2年半も前に,文科省から,その前年の学力調査結果の分析にもとづいて,基礎基本でのつまずきと共に応用問題での読解力不足の実態が発表されています。たとえば,小学校5年の社会の問題で,設問にある「アメリカをはじめとする上位3カ国」の意味を正確に理解できず「アメリカを除く上位3カ国」「アメリカとそれに続く上位3カ国」という解釈をした答えが目立ったと言うことです。

  いずれ文科省から上記の指導資料が配布されるでしょうが,すぐにでも目を通せる参考資料として,「社会科教育」(明治図書)の2003年10月号があります。この号では,2年半前の実態発表を受けて『社会科で必要な読解力』を特集しています。この中には,文章だけでなく,グラフや地図・写真などの資料読み取りもふくめ,読解力向上のためのさまざまな提案が掲載されています。すでにお読みになり,参考になさっている先生も多くおられるとは思いますが,まだご覧になっていない先生にはご一読をお奨めしたいと思います。

■ユネスコとは

 6年下巻p.51にユネスコの名がありますが,具体的な記述をしておりません。また,指導書でも取り上げてはおりませんが,小学校段階で指導する国連機関としては,ユニセフとならんで取り上げやすいものですので,日本ユネスコ協会のホームページ(www.unesco.or.jp/)を参考に,ここで簡単に紹介しておきます。

 ユネスコ創設の最大のきっかけは第二次世界大戦でした。1942年,ヨーロッパ各国の文部大臣は,ヨーロッパの教育復興をめざして連合国文部大臣会議を開きました。回を重ねるにつれ,全世界の教育復興,さらには教育・文化の国際協力で世界平和を築こうという方向に発展し,アメリカ・ソ連・中国・インドもこれに加わりました。

 1944年,連合国文部大臣会議は,国際連合の設立を協議していたダンバートン・オークス会議が教育や文化を扱う国連機関の必要を提起していることを知り,それまでの構想に手を加えて,恒久的な教育文化機関を国連の専門機関として設立することにしました。

 1945年10月24日に国際連合がスタートしましたが,直後の11月16日にユネスコ憲章が採択され,翌1946年11月4日,ユネスコはスタートしました。ユネスコ憲章には,この年の8月に広島・長崎に核兵器が使われた悲劇を背景として,科学が平和のために生かされなければならないこと,新しく生まれようとしている機関で科学も扱うことが示されています。

 ユニセフは,おもに子どもたちの健康に関わる活動をしていますが,ユネスコは,平和のための教育に力を注いでいます。その活動理念は,未来に向けた新しい「平和の文化」を創り出すことにあります。単に「平和を維持する」ことではありません。そのめざす平和とは単に戦争のない状態を指すのではありません。もしそうであれば力による不正義の平和も平和ということになってしまいます。そうではなく,人種,宗教の違い,性別などを克服し,公平で平等な関係をつくりあげて,すべての民族がもつ文化価値を尊重する姿勢が生まれてこなければなりません。

 全世界の人びとの心のなかに「平和の文化」を創り出すことほどむずかしいことはありません。国連の他の専門機関はそれぞれ限定された専門領域をもっていますが,「心」の問題に正面からとりくむことを憲章にうたっているのはユネスコだけです。だからこそ,この政府間組織ユネスコには,並行して「人びとのユネスコ」つまり民間の組織の協力が必要なのです。

 日本は,まだ連合国軍の占領下にあった1951年7月にユネスコへの加盟を認められましたが,それは,民間におけるユネスコ活動が大きく評価されたからです。世界で最初のユネスコ協力会は,日本でつくられました。1947年7月19日に発足した仙台ユネスコ協力会は,発会式を終えるとすぐ,ユネスコの事務局長に手紙を出しました。

 「戦争を拒絶し,平和をもりたてる運動は,国家の指導者や少数の人びとに委せることなく,心に平和のとりでをかためた人びとによって広くすすめられるべきだ」

 この手紙の反響は世界を駆けめぐり,日本をユネスコの仲間に迎えようと提案する国が出てきました。その後,日本国中でユネスコ加盟促進の運動が盛んになり,1951年の加盟が実現したのです。

 


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