ボンベイ日本人学校
川上一美
インドの人口は10億2700万人超である。政府公認言語は公用語のヒンズー語をはじめ15ある。社会科資料集にもよく登場する1ルピー紙幣に書かれている文字で周知の方も多いだろう。その他にも1652言語及び方言があるというから驚きである。ボンベイ日本人学校のあるムンバイは、マハラシュトラ州に属し、地域語としてはマラティ語が使われている。従って公立学校の場合はこのマラティ語で授業が行われる場合が多い。一方、私立学校の場合は、英語で授業が行われていることが多い。
これから述べる教育事情は、ムンバイ・プーネ(ムンバイから南に200kmにある高原の学術都市)にある印日協会で日本語を学んでいる学生、地元の私立学校への取材、同じフラットに住む現役学生などからの聞き取りや資料がもとになっている。
小学校1年生から4年生までをPrimary school、5年生から10年生までをSecondary schoolと呼んでいる。1年生から8年生までが初等教育、9年生と10年生が中等教育にあたる。
10年生はHigh schoolへの入試がある。入試自体が3種類あり、中等教育が州・国どちらのカリキュラムを主体にして行っていたか、また志望校によって試験の違いが生まれる。
日本で言う高校入試にあたるものだが、将来科学系の学科へ進学をしたい場合はこの試験で75〜85%の達成率が求められる。インドでは現在、コンピュータ技術者・医師・ビジネスマネージメントなどの職業が人気である。従ってこうした職業に就くためには、理数系の教科を得意にしておく必要がある。余談になるが、インドではかけ算は1×1から20×20まで一般的に習得してしまう。私と同じフラットに住む中学生の学校ではみんな30×30まで記憶していると言っていた。
インドでは法律的な義務教育制度が十分機能を果たしていない。そこにはどうしても貧富の差の大きさが関わっている。先の人口のうち、文盲者は5億6000万人を超える。低所得階層にとっては、学齢期の子どもも立派な労働力であるから、学校へ行かせるよりは働かせることが多いためである。Municipality School(公立学校)は低所得階層のために無償、または非常に安く教育が受けられるようになっている。昼をはさんで前後半制をとったりして就学率を上げる努力が為されている。
学区も広い。デカン高原のアウランガバード郊外で子どもたちと話をした。5人の小学校4年生〜6年生の子ども達は朝の6時に家を出て通学している。学校は楽しく毎日約10kmも苦にならないと言っていた。その屈託のない純粋さに心を熱くした。

▲アウランガバードの小学生
前述のように私立学校では、英語で授業が行われるが、学校そのものに入ることも大変である。ここムンバイでも親の教育熱は相当なもので、有名な私立学校へ入学させるために4歳半ぐらいから塾通いが行われる。有名な私立小学校に入るためには、有名な幼稚園に入らなければならないためである。インタビューをした母親は、二人の子どもを私立学校へ入学させるために相当疲れたと語っていた。家庭においても、4歳半から英会話はもちろん、英語のwriting、日本の小学校1年生程度の足し算、引き算を練習しているという。また入学後も私立学校によっては母親が交代制で全校生分の昼食づくりにまでかり出されることもある。
入学後も塾通いは必須である。学校で理解不十分な部分は塾でカバーするというわけである。インドの学校では公私を問わず進級テストがある。年4回の定期テストがそれにあたる。
成績が悪いと留年させる。特に10年生の最後のテストはHigh
schoolの入試を兼ねており、私立学校にとっては知名度に関わる部分なのだ。
以上のことからも、未だ残るカースト制、貧富の格差が公立学校、私立学校間における教育の質の格差にまで影響している事実があることがわかった。しかし、誤解のないように述べるが、分母の大きい公立学校からも10年生試験で優秀な成績で進級する生徒は数多くいる。但し、高等教育における女性の進学率は決して高くない。従って国の制度の中で、女子の進学率を上げるために学費を半額にするというものも存在する。
10年生から12年生までは前期高等教育、12年生以降は3年制と4年制の後期高等教育(大学にあたるもの)を選択できる。もっとも、High Secondary Certificated examination(通称H.S.C.)もなかなか大変である。人気難関校のインド工科大学(I.I.T.)などは、理数科目は86%以上の到達度が必要である。
こうした学校制度を知るにつれ、日本、いやそれ以上に知育重視の傾向が強いことがわかる。
インドの優秀な人材は、それを活かすために、欧米へ渡る傾向が強い。そこにはこの国が持つ歴史、制度、経済のしくみがまだまだゆったりとした歩みであることが大きな理由である。

▲ムンバイの公立小学校児童の登校風景
*スクールバスもあるが、小さな子どもたちは、保護者が登下校に付き添うことが多い。
一方、私立学校では自家用車での送迎が多く見られる。
小学校1、2年生は日本の生活科とほぼ同じ単元で学習をする。従って社会科は小学校3年生以上で行われている。
インドには国定教科書は存在しない。また、言語の違いもあるため、教科書そのものが自治体(州)ごとで内容も表記文字も違う。ムンバイの公立学校では、現地語(マラティ語)で表された教科書であった。学校によっては社会科でも複数の教科書を持ち、単元によって教師が選択していく進め方をしているところがある。
小学校では歴史教育に重点が置かれている。
インドの偉人ではモハンダス・ガンディが特に有名である。ガンディについての人物学習がそのままインド独立の歴史と相関性を持つ部分は多い。単なる偉人としてではなく、ガンディの生きてきた時代そのものがイギリス統治下のインドから、独立したインドまでをふまえているため非常によい教材となっている。ムンバイの公立小学校では3年生から現地語の教材の中にガンディが登場する。小学校4年生では社会科の教材としてガンディを取り扱う。ガンディの他にも、被支配地としての歴史が長いこの国で、支配者と勇敢に戦ったシワジ、ペイシュワ、ティラックなどが教材化される。
中学校(Secondary School)では、地理・歴史・公民がある。
歴史は10年生まで必修科目である。地理ではインド、世界の地誌が中心。公民では、国と州の政治のしくみを中心に学んでいる。7年生からその学習が始まる。
先述したように、学校裁量で教科書の扱い方に違いがあるため、ここで述べる説明も社会科の概要で留まってしまう。
学習の形態は人数が多いほど一斉学習になっている。取材をした中で最も多かったのは一クラス80人であった。しかし全員がそろうことはほとんど無いと言っていた。いわゆる家庭の事情で登下校時間がいろいろである児童が多いためである。9年生、10年生になると討論学習が行われる。そこでもインドの歴史にからんだものを多く取り上げている。
小中学校教師という職業の人気はそう高くない。最たる理由は給与の低さである。従って学校からの給与だけでなく、塾の講師、家庭教師を兼任している教師が多い。このことは学校教育現場での教師の姿勢にも弊害をもたらしている。すなわち、通塾生が増えれば学校外での給与も増えるわけであるから、学校での指導に工夫が乏しくなるというものである。
しかし学校における教師の権威は確固としたものがあるため、保護者はしつけ以外は学校での指導に任せざるを得ないのである。
インドのIT技術のレベルの高さは世界でも定評がある。南インドにあるバンガロールはその中心的都市として有名である。現在小学校の教育課程にもコンピュータ教育を積極的に取り入れている学校も多い。しかしそれらはほとんどが私立学校に限定されてしまう。しかも先述の通り優秀な技術者は欧米へ流出してしまう現実がある。最近では日本企業も優秀な技術者の獲得に積極的である。プーネにある印日協会では2000人以上が日本語を学んでいる。
州や都市の地域間格差、経済状態による学校選択の違いがもたらす異質性、教育内容等は国家としての取り組むべき問題であろう。
朝靄の中を10km以上も歩いて登下校する向学心あふれる姿にふれたとき、心の奥を熱くさせる子ども達のエネルギーを感じることができた。