中学校 美術

中学校 美術

感じる風景「思いの空」(第2学年)
2014.09.29
中学校 美術 <No.011>
感じる風景「思いの空」(第2学年)
「色とかたちの挑戦:木版画で抽象画」のための導入課題
東京都中野区立第五中学校 美術 講師 花里裕子

※本実践は平成20年度版学習指導要領に基づく実践です。

1.題材名

感じる風景「思いの空」
「色とかたちの挑戦:木版画で抽象画」のための導入課題

2.目 標

 以前、美術部でタブレット端末機での鑑賞を体験した際に「作品を見て友達と話しているうちに、自分でも何か描いてみたくなった。」と生徒の意見があった。鑑賞した作品のメモやスケッチではなく、その体験から制作の着想を得て、1時間の授業内で鑑賞と制作をする、準備と片付けが簡単で机の上にタブレット端末や教科書があっても、小さな作業スペースででき、発想や描写に苦手意識がある生徒でも取り組める課題を提案したい。

3.準備(材料用具)

教室にデジタルテレビ、制作中の手元を映すカメラ(無線LANでテレビと繋げる)
正方形(10cm×10cm)やハガキサイズに切った画用紙を大量、色鉛筆24色セット、綿布、筆洗油の入った油差を人数分、1.2cm幅マスキングテープと鉛筆削りをグループの数
※水場には手洗い用の石鹸を用意
生徒:筆記用具、教科書、美術資料

4.評価規準

[関]
○目に見えないものを形や色で表すことを楽しむ。
○感じ取ったことを話し合う活動に関心をもつ。

[発]
○鑑賞を通して感じたことから発想を広げる。
○自分の気持ちを表すための描き方を工夫する。

[創]
○偶然にできる形や色の効果を生かす。
○自分の気持ちが表れるように、材料や用具の使い方を工夫する。

[鑑]
○形や色の使い方や表現の工夫について話し合い、見方を広げる。
○友達の作品を見て、自分との違いや表したかった色や形の工夫を見つける。

5.本題材の指導にあたって

 写実的に「上手く」描くことに興味がある年頃が忘れかけているのは、造形遊びのように素材と触れ合って発想することや、表していくうちに自分の気持ちにあう色や形に気づいて楽しむこと、「失敗も偶然の効果に」変える臨機応変さだ。自らが捉われる「上手い・下手」の狭い価値観を壊して自分の想いを思い切って表し、友達と語り合って心をつなげる喜びを感じさせたい。
 中野区はアールブリュット(アウトサイダーアート)の展示が盛んだ。この数ヶ月前には企画展のポスターが本校でも目立つ場所に掲示され、生徒はその大胆な抽象表現に驚き、何度も立ち止まって見入っていた。また、二年生は社会科で江戸時代の文化を学ぶ時期、さらにいまも浮世絵を制作する「アダチ版画研究所」の職人の様子を詳細に記録したDVDも美術室にあり、地域や他教科、図画工作との学びをつなぎ、広げる、まさに絶好のタイミングだ。鑑賞と知識を連動させ、表現と鑑賞の能力をより高めていくような充実した活動にしたい。
 また、導入課題「感じる風景:思いの空」では、お互いが感じたことや想いなど自由に語り合う鑑賞から発想して表現に取り組み、それぞれの個性を認め合える気軽な雰囲気を作りたい。そこで、色鉛筆のぼかし技法を紹介する。この技法は筆者が中学生のときに、こぼれた灯油からヒントを得て試行錯誤したものだ。誰もが知る身近な画材・素材を見つめなおし、誰も思いつかない新たな活用方法を探究する楽しみ、失敗も偶然の効果や面白さととらえられるような柔軟さや臨機応変な態度を育てたい。

<参考> 教室内の準備について

美術室に洗濯ヒモを張り、作品を乾燥させている様子。

プレス機には手を挟まないように安全板を取り付けた。版の厚みにあわせた補助板もベッドプレートに貼り付けてある。

給食のチマキの竹の皮で巻きなおしたバレン。

6.題材の指導計画

学習活動の流れ

指導上の留意点、評価方法

1
本時

◎色とかたちの挑戦:感じる風景「思いの空」
・冨嶽三十六景「神奈川沖浪裏」を見て、描かれているもの、見えないものに気づかせる。
・色鉛筆を使って「今の自分の心の空」を描く。
・見えないものを形や色で表すことを楽しむ。

・絵から聞こえる音や声に気づかせるため、「よく見る:絵に入る」ように誘導していく。
・鑑賞していて思い出したこと、心にわきあがってきた思いなどをもとに発想するように声をかける。

・お互いが感じたことや想いなど自由に語り合う鑑賞から発想して表現に取り組み、それぞれの個性を認め合える気軽な雰囲気をまずは作りたい。

・作品は学年全員分を廊下などに展示する。

2

7

◎「色とかたちの挑戦:木版画で抽象画」
・言葉や音楽、好きな絵を(「よく見る:その中に入る」鑑賞で)手がかりにしてイメージを広げ、抽象的な表現を作り出すことを楽しむ。
・願いや祈り、思いをどのような形にこめるか工夫する。具体的なイメージを誇張(デフォルメ)して抽象化する。
※電動糸鋸がメインの「切りすすみ版画」。

◎「アダチ版画研究所」DVD鑑賞20分ほど
・伝統的な浮世絵の制作方法を映像で学ぶ。浮世絵が分業作業で作られていることや彫刻刀の安全な使い方、摺り方については詳しく板書で説明を受ける。

・電動糸鋸、釘、ドライバー、彫刻刀など、表したいイメージに合わせて用具を選択して制作する。
・プレス機の使用方法を学び、プレス機かバレンか印刷効果を自分で試しながら、重ね摺りをしていく。五枚摺る。

◎明治の浮世絵、庄田耕峰の作品を大きなテレビ画面で見せ、版画の持つ色合いの良さや質感の工夫などを味わう。
額装された版画作品:宮本承司「水おすし」を見せる。現代版画作家の実物にふれる。

◎摺った紙は、美術室の天井から大きく張った紐に洗濯バサミで吊るして乾燥させる。乾燥させながら、お互いの作品を鑑賞する。

・版画で仕上げることを念頭に、まずは思いついた線や大まかな形を描くように声をかける。
・モンドリアンの抽象絵画へのプロセスを紹介する。
・下絵が線的な表現になり過ぎないように、墨汁と筆なども用意して自由に使えるようにしておく。
・プレス機と電動糸鋸の安全指導を徹底する。

 

関:木版画ならではの表現に興味をもつ。

発:彫り(切り、釘穴の粗密)や摺りを意識して版づくりの構想を練る。

創:材料や用具の生かし方を考え、手順を考え、見通しをもって表す。

鑑:抽象的な版表現の工夫を味わう。他者の作品に込められた想いを感じ取る。

見当をつけるため、ライトボックスを使うことを思いついた生徒。
「おおお!バレンとプレス機で、印刷の感じが違う!」
「版を一回濡らしてから刷ると、にじむ!」
「黒い紙に刷るときって、白を混ぜなきゃだめみたい。」
「黒に赤で刷って、金を重ねたらきれいだったよ!」
「前の色が釘穴に残っていたのが出てきちゃったけど、面白いなー。」
「ゴミ箱の版の切りくず、もらっていいですか?」
「インクの指紋つけちゃった!次の版で隠しちゃおう。」

プレス機も、刷り終えた生徒が次に刷る生徒にやり方を教えるという流れが自然に生まれている。圧力調整もコツをつかんだようだ。
何度もインクの色を変えて重ねていく。

◎自分の作品すべてに題名をつける。
抽象画らしいタイトルとはなんだろう?作品の向きや組みなども考えて、余白に鉛筆で題名、サイン、エディションを入れる。

◎五枚摺ったなかから、展示する作品を選んで台紙に貼る。コメント用紙に自分の作品の「見どころ」を記入する。

8

お互いの作品を鑑賞する。

全員の作品を並べて鑑賞する。それぞれの感想や意見を述べ合い、鑑賞用紙の記入を通して、今後の自らの制作について考えさせる。

<参考> 生徒作品 一枚の版から。インクや紙の色、構成を変えて摺ったもの。

「幻覚で進めない」

「走り去ったあと」

「弾む足、逢いにいく」

7.本時の学習

①目 標
 「絵の中に入る」鑑賞からイメージを広げ、「今の自分の心の空」という抽象的な表現を作り出すことをクラス全員で楽しみたい。自身の制作を通して抽象的な表現に関心をもち、誰もが知る身近な画材・素材を見つめなおして誰も思いつかない新たな活用方法を探究する楽しみや失敗も偶然の効果や面白さととらえられるような柔軟さや臨機応変に工夫する態度を育てたい。

②学習展開

主な学習活動・内容

指導の工夫や教師の支援・評価の留意点

始まる前に
クラスの生活班(グループ)のかたちで着席する。
班長が必要な用具を人数分揃えてかごに入れ、班員に配布する。(戻すときも数を確認してかごに入れさせる)

教科書、資料集の画像をカメラで大きなテレビ画面に映して全員で細部まで鑑賞できるようにする。
※マスキングテープはあらかじめ人数分貼っておいたほうが時間の短縮になる。(紙の裏表の把握もしやすい)
パレット用紙には印をつけておくと良い。
★窓のカーテンは閉めておく。

◎色とかたちの挑戦:感じる風景「思いの空」
・教科書、資料集の抽象画、版画の図版を見て、これから取り組む課題について知る。
よく見る:絵の中に入る
・冨嶽三十六景「神奈川沖浪裏」を見て、描かれているもの、見えないものに気づかせる。作者の意図を感じ取る。

・教科書、資料集の抽象画の図版を紹介する。
・絵画の知識や価値にとらわれず、安心して自分の考えを述べたり、自己の表現を追求したりできるようにする。

「絵の中に入って辺りを見渡してごらん。そこからどんな空が見える?」
絵から聞こえる音や声に気づかせるため、「よく見る:絵に入る」ように誘導していく。

・鑑賞していて思い出したこと、心にわきあがってきた思いなどをもとに発想するように声をかける。
・同じ絵を見てもそれぞれ感じ方が違うことに気づくようにする。
★ここで窓のカーテンを開ける。
「今日の空の色はどんな色?一日が楽しみになるような朝の色?暑くなるぞっていう勢いの色?うんざりすることがあって退屈な色?恋をしているようなウキウキした色?同じ空を見ても、見る人の心次第で違う色に感じるね。」 
「絵に入って見上げた空の色も、その絵から感じ取ったものだから、今の自分の心の空色なのかもしれないね。どんな空色が見えた?これから色鉛筆で描いてみよう。」

「波にのまれそうな恐怖の瞬間。」
「そうかなあ、高波だー!つかまれーみたいな元気な感じがするよ。」
「この絵に入るのか、どこに入ろうかな。富士山の上だな。ここなら安心。」
「船から見上げる空?助かりますようにって祈る空だよー。」

※鑑賞する絵画は、空がハッキリと描かれていないものや小さいもの、光の方向だけが示されているなど、生徒の想像をかきたてるものが良い。「洛中洛外図:舟木本」も楽しい。
・お互いが感じたことや想いなど自由に語り合う鑑賞から発想して表現に取り組み、それぞれの個性を認め合える気軽な雰囲気をまずは作りたい。

鑑賞をもとに制作をする
・主題を発想する。鑑賞をもとに、発想や構想を掘り下げて考えて制作をする。
・小さな画面に色鉛筆を使って「今の自分の心の空」を描く。見えないものを形や色で表すことを楽しむ。

・用具と色鉛筆のぼかし技法について説明する。

筆洗油は揮発性の液体なので扱いには十分注意する。
※窓を開けて換気する。
※教室などでこの作業を行う場合は無香性の筆洗油をつかうが、あえて臭いのある筆洗油を使用したほうが生徒は危険性を認知する。ゴミ箱には絶対に他のゴミ(揮発するものや発火するもの)と一緒に丸めて入れないこと。
※紙に残った油染みは乾燥すれば消える。
※制作が終わったら、必ず返却された油差しの数と綿布の数を確認する。全員が手を石鹸で洗うことを見届ける。机は水拭きする。

「いま、描きたい気持ちの空が思い浮かんじゃって、この波の絵から離れちゃいそうだけど良いですか?」
「描いているうちに思いついて、描きたいものが変ってきちゃったなあ。もっと爽やかな感じにしたい。」
「この色がきれいだったから、これを生かしたいな。」

・パレット用紙を切って、ステンシルのように型紙にする方法など、生徒が思いついた技法をカメラで撮影し、大型テレビに映して全員に紹介する。

・最後にもう一度テレビにカンディンスキーの抽象画を映し出す。
・作者の意図を感じ取ろうとする姿勢を大切にする。

・描き終わったら、丁寧にマスキングテープをはがす。
・白く残った余白部分に鉛筆で題名とサインを入れる。

「このへんがあったかくて、だんだん冷たくなる感じ。山登りの思い出を描いたのかな」 「線の感じが音楽っぽい。聞こえてくるのは大きい音とかかも。」

・制作を振り返り、自己評価や感想をまとめる。どんな想いを込めたのか発表する。他の生徒の作品の表現の工夫や良さを味わう。

・次回からの版画制作の見通しができるようにしたい。

生徒作品「またあした」

関:心にのこる情景を思い出す。
発:思い出を振り返りながら発想を広げる。
創:材料や用具の生かし方を考え、工夫して表す。
鑑:他者の作品に込められた想いを感じ取る。

<参考>

自分の心の闇を描くと筆を取り、何枚もドローイングを描いた生徒。

電車の路線図から発想する生徒。版画だから逆になると気づき、大慌て。

生徒作品「襲来」
手前の黒い部分はゴミ箱の切りくずを版にして後から付け加えた。

制作中の生徒作品(部分)
幾何形体から発想していた。黒いインクに金色を重ねている。

 今回、ほとんどの生徒が最初の下絵から離れ、版を重ねながらの色や形から何度も想像を広げて表したいことを模索していた。まとめの題名を考える場面ではどのクラスも楽しく盛り上がり、組み作品にしてお話作りをする生徒も多く、作品を見返しては詩的な題名を発想する様子が全体に見られた。また、浮世絵や現代版画の制作や歴史、購入方法や展示の仕方にも大きく興味を示した。何より、「もっと版画の時間が欲しい。工夫したい。」のつぶやきに成長を感じた。

生徒作品「夜の昼」
「白夜というのを社会で知り、そこから発想しました。主な版をうすくして、上から小さな版を濃い色でのせることで目立たせました。」

生徒作品「運命」
「花を描いてみたかった。花の散る運命と、実は食べられてしまう運命を描きました。」

生徒作品「冬の道」
「自分が好きなように描きました。細かいところまで彫っています。見どころは凹版なことです。色は優しい感じにしました。」

生徒作品「暁の晩」
「浮世絵をみてかっこいい!と思ったのが発想のきっかけです。自分の頭の中を表現しました。日の出と雲をみてください。」