Vol.11 豊福晋平 准教授
GIGAスクールで「1人ID時代」、端末を普段使いすること。 ウイズコロナの学びへシフトするには。

 世の中を“美術でのつながり”を探って、あらゆる分野で活躍される人物にインタビューするコーナー。第11回は教育学者の豊福晋平さんです。

豊福晋平(とよふく・しんぺい)国際大学GLOCOM(グローバルコミュニケーションセンター)准教授。1967年、北海道生まれ。横浜国立大学大学院教育学研究科修了、東京工業大学大学院総合理工学研究科博士課程中退、1995年より国際大学GLOCOMに勤務、専門は学校教育心理学・教育工学・学校経営。長年にわたり教育と情報化のテーマに取り組む。主なプロジェクトとして、全日本小学校ホームページ大賞(J-KIDS大賞)企画運営(2003~2013)、文部科学省・学校の第三者評価の評価手法等に関する調査研究「学校からの情報提供の充実等に関する調査研究」(2008)、文部科学省・緊急スクールカウンセラー等派遣事業・東日本大震災被災地のための学校広報支援「ともしびプロジェクト」(2011~)など。

 現在、どのような研究をされているのでしょうか。

 ひと言で言うと教育情報化の研究をやっています。ここ10年ぐらいは、1人の学習者に1台の情報端末を持たせるとどういう効果があるのか? あるいはどのように導入したら円滑に使えるのかということについて研究しています。授業の中でのICTの活用や、バックオフィスに当たる校務の情報化など、かなり広い領域を扱っています。

 今、さまざまな情報化の波が時代の真ん中をとらえているように思います。そんな中にコロナ禍となり、オンラインという言葉も一人歩きしました。

 ここ半年ほどで、学校は本当に大きく変わりました。コロナ禍は大多数の学校に大変な混乱をもたらし、いまだに混乱は続いていると思います。これまで学校で当たり前のようにできていたことがいきなりできなくなりました。その状況下で学びを進めるためには何が足りないのかが分かったのではないでしょうか。ただ、マスメディアと現場の間にはズレが生じていたと思います。例えば、板書で説明している様子をiPadで撮って授業動画ですとYouTubeで流したり、オンライン会議ツールに40人の生徒がずらっと並んでいるところで先生が授業を行っている光景がオンライン学習だと、テレビで報道したりすることで、オンライン授業とはそういうことだというイメージができてしまった。それで先生も一生懸命映像を作るんですが、素人が映像を作るのはとても大変ですし、先生にはとても負担になっていたと思います。
 しかし、一方で保護者と生徒が必要だったことは、映像よりむしろ先生とざっくばらんに話す「手段」だったと思います。実際に2月27日から休校になり、学校では何もできなくなった。在校生は当然ですが、休校中に入学した新入生にとってみると不安でしょうがなかったと思う。そのときSNSやチャットで気軽に繋がることができればとみんなが思った。それができていた学校は大混乱にならなかった。また、以前からICTを使って、お便りの配布などのコミュニケーションをとっていた学校はほとんど困らなかったそうです。
 対面や紙媒体に頼っていた学校では、いきなりYouTubeで動画を作れと言われても、勘弁してくれ状態だったと思う。そして学校が再開した後にどうなったかというと、その手の授業は消えてなくなった。つまり定着しなかったのです。実際に対応できてうまく乗り超えた学校と、そうでなかった学校の格差はすごく広がったのではないかと思っています。元々情報基盤があり、活用している学校であれば休校中も困っていなかったし、学校を再開してもストレスになってないからそのまま使い続けられている。この基盤があるかないかというのはとても大きな差です。

 コロナ禍を機に、構築していこうと思っている学校もあると思います。GIGAスクールも始まりますね。

 今、文科省ではGIGAスクール構想という、ネットワークの整備と1人1台の学習者用端末の整備を進める事業を行っています。その上で、クラウドやWEBベースのアプリなどの活用という話になる。それらを利用するには1人1個のIDが必要です。オンラインでアクセスしてログインして、自分個人の記録を貯めていくためのIDがないといけない。それに紐づいたクラウドのサービスも毎日使える状態にしなくちゃいけない。それは、1人1台の端末をずっと使い続ける必須条件でもありますが、共有のパソコンであってもスマホであっても、ログインのIDを入れれば、同じ環境を呼び出すことができるマルチデバイスを実現することにもなります。これは機器を整備する以上に大変重要なことです。

 GIGAスクール構想については「1人1台端末」という言葉が定着しているように思いますが、本来は「1人1ID」というのがキモなんですね。
 そうなると、学校に据え置くのではなくて、日夜情報端末と一緒に移動できるような環境整備が大事なのですね。

 例えば、ある生徒はパソコンの天板にいっぱいシールを貼っているんですよ。それは愛着ある自分の道具に仕立てているということでとても重要なことなのです。一方で、せっかく学校に持って来させても1日1回も使わずに持ち帰るようなケースが続くとただ重いだけの文鎮と化し、雑に扱うようになって簡単に壊すようになります。情報端末の故障や修理が多い学校は間違いなく、自分の道具として使えていない学校です。また、学校の中だけ、授業中だけしか使えないIDの仕様もやめてほしい。それだと家に持って帰れない。授業で作った作品の作りかけを家で作ることができなくなってしまいます。IDは校内外に限らず常時使えるような仕様にしてほしいですね。

 ところで、学校で授業ができなくなったとき、ネットを通じてでも、美術の学びの楽しさをどう伝えられたらよいかと、悩まれている先生が多数いらっしゃいました。

 教科の特性を踏まえてネットを介して効果的に利用しようと考えても、いきなりは難しいです。日本の学校はもともと十分な情報インフラがなく、利用側もそれらの環境を扱うことに慣れていないので、しかるべき段階を踏まえないといけません。
 教育情報化と教育方法の革新がどのような段階を経て進むのか、フィンランドの研究者が提唱したSAMR(セイマー)モデルというものがあります。SはSubstitution(代替)。例えば、黒板に板書しているものをそのままパワーポイントに置き換えることです。次に来るのがAのAugmentation(増強)で、情報環境を活用することで扱う情報量が数百倍数千倍に増えます。これが先ほど言った、通常もITを使っているからコロナ禍の中でも、学校が再開してからもちゃんと使えているというICT活用の日常化の段階です。その次に来るのがMのModification(変容)です。この段階になれば、先生も生徒も普段使いに慣れているので、授業の中でより高度な活用にトライできるようになります。今までの美術の授業では、手作業中心でデジタルはコンピュータ教室へ行かないとできませんでしたが、普段から手元にタブレット端末があり、気軽に写真も撮れるし、クラウドの中に作ったものを残せるようになれば、それらを使ってデジタルでの作品構成が以前よりもずっと容易になってきます。こうした環境変化を美術の授業にも上手く活かしてほしいですね。

 GIGAスクールの整備にともない、美術の授業にもさまざまな可能性が出てきそうですね。

 美術は、例えば、鑑賞教育のためにGoogleマップやミュージアムのアプリなどで、絵画や彫刻を見られたりしますが、自分でデジタルのツールを使って、写真を撮ったり絵を描いたりと、制作のフィールドにもなる。そして、ポイントは、作ったものをどんどんクラウドに貯めていくことができること。過去の写真や作品のストックが作れます。たとえその場で撮影に行けなくても、撮り貯めた素材を使って、コラージュして編集し、作品を作ることができる。さらに、ネットワークを介すれば、作ったものを発表する手段にもなる。自分で構想して形にして、他者に見てもらえるところまでをすべてデジタル環境でできるわけです。特に中学生は趣味でいろんなこと始める世代なので、技能的にも凄いものを持ってる生徒が現れるでしょう。その可能性がうまく開花する土台になってくれるといいと思うのです。

 デジタルネイティブ世代の中学生にとって、クラウドに素材があってそれをいつでも取り出せて活用できれば、表現の可能性も広がりますね。ところで、「DX(デジタルトランスフォーメーション)」というワードがコロナ禍の中で強まってきているように思うのですが。

 今までの既存の価値が大幅に組み変わるのがDX(デジタルトランスフォーメーション)。先ほどのSAMRのモデルの続きで説明すると、SとAの段階では情報量が増えるだけで変革は起こっていませんが、MとR(Redefinition、再定義)の段階になると状況が変わってきます。例えば、M段階では、美術の授業でデジタル使ってやっていなかった課題が、デジタルを組み合わせて面白いことが可能になるレベルです。さらに学習過程を問い直し、再構築するR段階になると、もっとダイナミックになる。つまりMとRの段階がDXに該当するわけです。企業の人は皆DXのことを話したがりますが、学校教育はまだDXの足元にも到達できていません。だからこそ毎日情報環境を使って、扱う情報量が100倍、1000倍になっていく「デジタルシフト」を先に達成しなければなりません。デジタルシフトがあり、その後にDXが起こる。いきなりDXは起こらないのです。

 つまり、デジタルシフトがうまくいっているところといっていないところとがあるということですね。

 私はデジタルシフトを起こしている学校をモデルにしたらいいと勧める立場にあります。成功した学校に行って「何でうまくいってるのですか」って聞くと、何と答えると思いますか?

 「普段使い」でしょうか。

 その通りです。普段使いのことを「普通に使っているので」と彼らは言います。彼らにとっては気負いもなく、負担もかけず、当たり前のように使っているのです。それを経験していない学校に「普通に使っている」の普通の意味が分からないでしょう(笑)。例えば、毎日手書きの連絡帳を書いて家に持って帰るのではなく、メールでお知らせが届く。宿題も家に帰るとメールで課題が届き、それをチェックして提出する。そういう世界です。すべてデジタルで完結する。紙に打ち出して手で書いて学校に持っていき、先生から返却されるのに2週間かかるという話ではない。提出して数時間で返ってくるというのが、デジタルシフト後の学校の「普通」なのです。

 なるほど。DXのことがよく分かりました。最後にこれからのウイズコロナの世界で、学校の環境が変わっていく中で、美術の先生にはどんな期待を持ってもらいたいですか?

 SAMRで、Aの増強のレベルで扱う情報量が増えることでおそらく先生方にとっては想定外のことが起きます。それは学校における美術の学びと、生徒が日常的に持っている美術の経験との距離を大幅に近づける決定打になると思う。つまり、生徒が家で自分の趣味としてやっているような高度な活用と学校での授業が直結する。直結するとさまざまな相互作用が起きます。学校の先生たちにしてみれば、生徒たちが意外なポテンシャルを持っていて、それらをノウハウやスキルのレベルで勉強していく機会が生まれます。生徒にしてみれば、デジタル環境を使いこなせば自分も同じようなことができるかも、と見よう見真似で挑戦してみる機会にもなる。美術教育が扱う環境はまだアナログ寄りなので、大胆にデジタル化を図ることに躊躇される向きもありますが、子供たちを取り巻く社会や生活を俯瞰的に見たときに、彼らのメディア・情報環境が美術の学びとどのように関わり、子供たちの教育的経験や成長への契機になっていくのかということを捉えていただきたい。そうすれば、この変化がダイナミックで刺激的な面白い数年になっていくと私は信じています。

中学生でも最初はキーボードが打てず、自分の思ったことをコンピュータに登録するのはとてもハードルが高い。ただ、写真を撮ることは誰でも簡単にできる。キーボードが十分に使えない生徒には、まず気に入った写真を1日1枚撮り、ずっと貯めていき、サムネイルを作っていく作業がおすすめとのこと。

取材後記
 デジタルシフト!
 私たちの日常生活では、すでにシフトしてずいぶんと時間が経過しました。
では、学校生活ではどうでしょう。シフトする過程で、子供たちにどんな可能性がもたらされるのでしょう。広がりは無限大ということでしょうか。普段使いになれば、なおさら、今までにはない価値観がたくさん生まれ、またどんな社会になることやら。わくわくします。
 そして、美術の学びのデジタルシフト化にも大きな可能性がありそうです。
 今までの良さ(例えば、本物に触れる素晴らしさ)を引き継ぎながらも、見方・感じ方が広げられる方法を探りたいと思います。ぜひ、多くの美術の先生方のお声をお聞きしたいです。いかがでしょうか。(Y)