学び!と美術

学び!と美術

図画工作・美術で学力が伸びる?
2012.12.10
学び!と美術 <Vol.04>
図画工作・美術で学力が伸びる?
奥村 高明(おくむら・たかあき)

 今回は、「図工をがんばると他教科の学力が上がる」という「言説」の続きです。結論から述べれば、図画工作や美術における思考力や判断力等の育成については、これまであまり考えられてこなかったので、今後、見つめていく必要があるということ、でも、同時に、それを言いすぎると危険でもあるということ、この一見相反することについて現場的に話してみたいと思います。

 まず、紹介するのは、前回の原稿を書いた直後に訪れた、ある県大会での出来事です。講演会が終了し、校長室に戻ろうと校長先生と並んで歩いていたときのことでした。充実した大会の様子を語り合いながら、私はふと学力について聞いてみようと思いました。
 奥村「校長先生、全国学習状況調査の結果よくなっていませんか?」
 校長「えっ!…はい、国語と算数のB問題(※1)が上がったんです、でも…、どうして?」
 校長先生は、とても驚かれた様子でした。図工と学力調査を結びつけて考えたことはなかったでしょうし、また、遠方からの客が、いきなり図工に関係のない、校内事情を知っているような話をするわけですから無理もないことです。私は、こう説明しました。
 「ものをつくる、絵をかくというのは、簡単なことではありません。子どもたちは『この色をどうしよう』『どうやって組み立てようかな』と考えています。『この材料を付けよう』『いや、取ろう』と判断しています。それを何度も繰り返しているのです。本校には、そんなふうにつくられた作品が溢れていました。だから、さぞ、算数や国語の学力も上がっているだろうなと思って…。」
 校長先生は、なるほどと頷いて、子どもたちが能動的になったこと、先生たちの取り組みが変化したことなどを話してくれました。私も「それを教えてくれたのは、ある研究指定校の校長先生だったこと」「にわかに信用できる話ではなかったけれども、その後、繰り返し同じ話を聞いたこと」などを伝えました。
 もちろん、図工が思考力や判断力を伸ばしたと断言したり、それを証明したりできるわけではありません。でも、頑張っている学校に起きる固有の現象の一つで、それは子どもたちや先生たちにとって大事なことでしょう。

 ただ、このようなことを言いすぎるのも少々危ないと思います。それは、学習指導が子どもを見失う方向に働くからです。話を具体的にするために木版画で考えてみましょう。

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写真1

写真2

写真2

写真3

写真3

写真4

写真4

 一般に、木版画では、初めてであっても手順よく製作させることが多いものです。風景や、スポーツをしている様子などをテーマに「下絵」→「彫り」→「刷り」という具合です。その中で「工夫」という思考・判断が要求されます。「黒と白の割合を考えました」「腕を柔らかい線で表現しました」などです。一見、当たり前のようですが、重視しすぎると子どもの実際とずれることが起こります。
 例えば、手順よい製作活動は、確かに失敗がないでしょう。でも、子どもは彫ったこともないのに下絵をかいたり、刷ったことものないのに白黒の割合を考えたりしていませんか? もし、そうだとしたら、子どもにとってみれば、実体験がともなわないまま、分かったような、分からないような状態で製作していることになります。また、「工夫」だけに目を向けすぎると、子どもの感覚や感じ方が忘れられます。子どもは彫るときに、彫刻刀の刃先まで感覚を伸ばして、彫るときに出る音、彫る抵抗感などを感じています。彫り進める気持ちよさや、彫り跡の面白さ、生まれる形の不思議さなども感じています。それらを大事に追求させると、写真1~4のような状況が生まれます(※2)。いずれも版として残らないもの、屑として役に立たないもの、あるいは先生が怒るもの(!)でしょう。先生は削り残しや削りくず等に興味がないけれど、子どもは大好きです。穴も開けてみたいし、彫れるところまで彫ってみたい。穴を開けてもいい題材、存分に工夫できる題材にすれば何の問題もないのです(※3)。子どもの感覚、子どもの感じている面白さは本来大切にしなければならないものです。

 学力も大事、思考や判断も重要だけれど、感覚や感じ方(※4)も大切。どれか一つの側面だけに流されない、多面的な見方やとらえ方。それこそ図画工作や美術で必要なことだと思います。


※1:全国学力・学習状況調査は、A問題とB問題で構成されている。A問題は主に「知識」に関する内容だが、B問題は思考力や判断力等を問う問題になっている。
※2:題材名「私の夢を運ぶ風」。菅正隆・奥村高明編著『子どもの作品を生かした楽しい外国語活動 図画工作と外国語活動の協働』サクラクレパス出版部、2012より。
※3:どれも彫刻刀の使い方を相当「工夫」しないとできない。彫刻刀は「彫刻」用の刀であって「版画刀」ではない。彫刻刀の技能、そこからの発想という観点からはどれも満足な状況である。
※4:児童の感覚や感じ方、表現の思いなどは、その子自身の感性の働きである。今回の学習指導要領の改訂では、教科目標に「感性を働かせながら」を新たに加え、これを一層重視することを明確にしている。