学び!と美術

 本連載は2012年に「図画工作科・美術科ができること」というテーマで始まりました(※1)。特に学力について何度か検討してきたつもりです。本稿では近年の報告をもとに美術に対する期待と学力のエビデンスについて紹介しましょう。

美術への期待

 すでに単純な知識の量では勝負できない時代になっています。AIがより進化し、求められる仕事が日々激変しています。新興国の経済力が日々向上する状況で、先進諸国にはより創造的な結果や違いを生み出す力が求められています。
 このような動きを反映してか、ビジネスの世界で美術について語られる機会が増えてきたように思います。例えば、4月に週刊ダイヤモンドが美術に関する特集を組んでいます。そこではビジネスの話だけでなく、美術によって培える資質や能力に関する発言が紹介されています(※2)

  • 「創造性を養うのにアートは不可欠(石川康晴ストライプインターナショナル社長)」
  • 「AI(人工知能)が仕事する時代に必要なものは感性。アートに触れることで感性が育つ(新藤博信アマナ社長)」
  • 「美術作品と豊かなコミュニケーションができれば、論理的に考える力や、直感的にメッセージを捉える力を伸ばせる(筆者)」

 最近の出版物としては、山口周「世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?」(※3)があります。そこでは、RCA(英国カレッジオブアート)におけるグローバル企業の幹部トレーニングや、メトロポリタン美術館の早朝ギャラリートークのビジネスマン参加などの例が紹介されています(※4)。そして、美術鑑賞が「観る力」を高めることや「美意識への復権」の時代が来たことなどについて述べられています。
 新しい時代に直面していることを肌で感じているビジネス界は、美術によって育つ創造性や感性などに期待しているのかもしれません。

学力のエビデンス

 エビデンスが求められる時代です。国内外で図画工作や美術教育が育てる学力について様々な調査が行われています。
 国内では、国立教育政策研究所が実施した「特定の課題に関する調査(図画工作・美術)」と「小学校学習指導要領実施状況調査」があげられます(※5)。いずれもテスト形式で子どもたちの学力を測定しています。結果からは、例えば図画工作で「形や色、動きや奥行きなどをとらえ、それらを基に自分のイメージをもつことができる子どもは絵に表す問題や鑑賞の問題の通過率が高い」「複数の造形的な特徴を根拠に作品の印象について説明することに課題がある」などが分かっています。
 国外の研究については、邦訳でいろいろ入手できるようになりました。例えば、C.リッテルマイヤーは複数の研究を広く検討し、芸術教育に自己省察力や構想力、視点の拡張などを育成する可能性があると述べています(※6)。OECD教育研究革新センターはさらに広範囲の検証を行い、美術と「空間認知」「心的イメージ力」「推論する力」「粘り強さ」「問題を発見しようとする力」「他者と異なる方法で解こうとする力」などに関係があることを証明しています(※7)。「芸術教育に参加している生徒は学力が高い」「創造的でメタ認知の力がある」「欠席率が低くなる。学習意欲が高い」など本連載の指摘と重なる点も多くあります。
 ただ、共通しているのは、一定の傾向や相関は見られるけれども、因果までは証明できないことです。一時的な効果やホーソン効果(※8)かもしれず、「追跡調査が行われていない」「プログラムや教師によって結果が異なる」などの問題が残っています。また、音楽や美術などの教科が他教科の学力を育てるとしても、そのために芸術教育があるのではありません。芸術教育それ自体に意味があるという考えも大切です。
 今後も、新しい調査が行われ(※9)、美術教育で育てられる学力について様々なエビデンスが提示されることでしょう。

美術検定が示すエビデンス

 エビデンスの一例として美術検定(※10)の結果分析を紹介します。
 美術検定は、いわゆる「検定物」(※11)です。4級から1級で構成され、主に事実的な知識を問う「知識問題」で構成されています(※12)。「知識問題」とは、例えば「モナ・リザ」の画像を提示して「作者は誰ですか?」「作品名は何ですか?」などを答える問題です。作品や作者に関する事実的な知識の正確性や保有量が問われます。そのため、4級から1級にいくにしたがって、次第に重箱の隅をつつくような構造となっていました(※13)。そこで著者が監修や問題作成に参加し、「知識・情報の活用問題」や〝複数の資料を活用しながら記述する問題“などを導入して改善を図っています(※14)。「知識・情報の活用問題」とは、例えば、アートゲームや授業など仮想の状況を設定し、そこで作品の特徴や歴史的な文脈などを問う問題です(※15)
 現在、美術検定実行委員会の協力を得て、内田洋行教育総合研究所/東京大学大学院の平野智紀さんを中心に統計学的な分析を行っています。そこから解答者が働かせている学力についていくつかの知見が得られています。
 例えば、新たに導入した「知識・情報の活用問題」と、これまでの「知識問題」には、あまり関連が見られないことが分かりました。前述したように、「知識問題」は、題名と作品、作家名と作品名などが合致すれば正答します。比較的、単純な知識で答えられます。一方「知識・情報の活用問題」では、作品から構図や時代などの知識を引きだして、それらを論理的に組み立てなければ答えられない仕組みになっています。分析結果からは「知識問題」ができるからといって、「知識活用問題」もできるとは言えないことが分かりました。逆に「知識活用問題」ができるからといって、「知識問題」ができるとも言えません。ということは、「知識・情報の活用問題」が測っている学力と、「知識問題」が測っている学力は違うのだろうということになります。おそらく、単純な知識をたくさん保有しているからといって、それを活用できるとは限らないのでしょう。知識を活用するためには、知識とは別の学力が必要だと思われます。
 次に「知識問題」の中で、「ある問題」が正答だと、他の問題もよくできているという問題があることが分かりました。例えば、次のような問題です。

 この問題を解くためには、アール・ヌーヴォーやアール・デコなどの様式について理解し、さらに写真から幾何学的な形、すっきりした構成など複数の特徴を取り出す必要があります。ビルの名前や設計者などの事実的な知識は必要ありません。この問題は、複数の知識がつながり合った概念的な理解を問うているのです。この問題ができていれば他の問題もよく解けているということは、「知識問題」を解く場合も、単純な知識だけでなく、より高次な概念や理解が必要だということでしょう。
 このように、検定という限定的な状況を詳細に調べることによって、人々がどのように学力を働かせているのかを調べることができるというわけです。

 

 時代や社会の変化を思えば、今後、美術への期待はいっそう高まっていくでしょう。また、教育統計学などの発展によって、国内外を問わず、美術教育に関して様々なエビデンスが提示されるでしょう。今回の学習指導要領では「知識・技能」「思考力・判断力・表現力等」「学びに向かう力等」の学力やその関係が明確にされました。「グリッド」に代表されるようなやり抜く力や協働性などの非認知能力も着目されています(※16)。これから5年間、美術や美術教育をめぐる状況は大きく変化すると思われます。

 

※1:学び!と美術 <Vol.01> <Vol.02> <Vol.03> <Vol.04>
※2:週刊ダイヤモンド「美術とおカネ全解剖 アートの裏側全部見せます」(ダイヤモンド社)2017年4月1日号 p43
※3:山口周「世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 経営における「アート」と「サイエンス」(光文社新書)2017。ビジネス等における事例が豊富です。
※4:筆者は別の著書で企業がアートスクールに研修派遣させることや、エグゼクティブが美術館に集うことについて指摘しています。後半に、「『エジソン』と『実験工房』の共通点を幼児がすぐに探す(エ)」という例が出されており、これも筆者の著書の「ピカソ」「学力」とそっくりでしたが……(笑)。
※5:国立教育政策研究所「特定の課題に関する調査(図画工作・美術)」2020
http://www.nier.go.jp/kaihatsu/tokutei_zukou/
及び、国立教育政策研究所「小学校学習指導要領実施状況調査」2015
https://www.nier.go.jp/kaihatsu/shido_h24/index.htm
※6:C.リッテルマイヤー「芸術体験の転移効果―最新の科学が明らかにした人間形成の真実」東信堂 2015
※7:OECD教育研究革新センター編著「アートの教育学 革新型社会を拓く学びの技」明石書店 2016
※8:期待されていると感じることで、行動や病状が良くなる(と思う)現象。
※9:著者が現在関わっているフィリピン貧困地域の調査は、国内外に例のないランダム比較試験です。
※10:前身は2003年~2006年に実施されたアートナビゲーター検定試験(主催:アートナビゲーター事務局主催)。美術館の予算削減、美術教育の時数削減などに対して、美術を愛好し、美術活動を推進する人材の支援や育成を目的としてはじまりました。2007年に美術検定と名称を変更し(主催:美術検定実行委員会)、今年14回目、昨年度の受験生総数は約2千人です(2015年は運営母体の交代により休止)。
※11:江戸文化歴史検定、世界遺産検定、TOEICなどの語学、教養、金融、教養など様々な資格試験のこと。
※12:西洋美術、日本美術、画材や技法等を問う問題で構成されています。4級は中学生、高校生(選択科目は美術以外)、3級は中学生(美術部)、高校生(選択科目は美術、美術系高等学校の生徒)、大学生(一般教養で美術史を受講)、2級は大学生(美術・美術史系)、1級は大学院生、高等学校の美術科教師などを想定しています。4級及び3級はマークシート。2級はマークシートと美術行政や美術館運営等に関する穴埋め。1級は企画力や実践力を測るためにテーマに沿った記述や論述で構成されています。
※13:例えば「こんなことを知っていて役に立つと思えない」「1級合格者が美術館ボランティア等で行われるギャラリートークでただ知識を披露するだけに終わって困る」などの声がありました。
※14:「特定の課題に関する調査(図画工作・美術)」「小学校学習指導要領実施状況調査」の作成に携わったノウハウや全国学力調査B問題の構造などを応用しています。
※15:例えば以下です。
問「アートカードを使った『共通点探し』のゲームをしています、Aの中に入る作品はどれですか?」

Aを選ぶためには、作品の形式(①)、時代(②)、構図(③)等を組み合わせる必要があります。このような問題を各級に2~3題導入しています。
※16:代表的なのはアンジェラ・ダックワース 著、神崎 朗子 訳「GRIT やり抜く力」ダイヤモンド社 2016