学び!と美術

学び!と美術

研究大会と授業研究、「これまで」と「これから」
2017.12.11
学び!と美術 <Vol.64>
研究大会と授業研究、「これまで」と「これから」
奥村 高明(おくむら・たかあき)

 秋は県大会、全国大会など様々な研究大会が行われるシーズンです。授業や分科会、講演など様々なプログラムが実施されます。メインは授業研究、そこから参加者は多くの気付きや学びを得ています。本稿では研究大会と授業研究の「これまで」と「これから」について検討してみましょう。

1.研究大会と授業研究の「これまで」

 研究大会は、市町村大会、都道府県大会、地方大会(関東ブロック大会、東北大会等)、全国大会(全国造形教育連盟、日本教育美術連盟等)など様々なレベルで行われています。組織の形態は様々で、小学校と中学校で組織が異なる場合、幼・保、小・中、高と合同で行う地域、行政的な「○○市教育研究会・美術科部会(市教研)」と民間教育団体の「○○県造形教育研究会(造形研)」が一体化している場合などです。戦後、教育方法や教育内容などを研究するために全国各地で様々な教育研究団体が設立されましたが、その地域ごとの歴史を背負って発展したようです。
 研究大会ではたいてい授業研究が行われます。授業研究とは、先生たちが一つの授業を参観し、その題材計画や指導方法などについてみんなで協議するものです。レッスン・スタディと呼ばれ、日本では明治時代から続いています(※1)。他者の授業の参観や協議を通して授業改善や指導力向上を図る教育実践は、世界的に見れば珍しく、国内外で高く評価されています(※2)。その一端が今回の中央教育審議会の答申にも明記されているほどです(※3)
 授業研究の多くは「校内研」(校内研修あるいは校内研究の略)として行われます。「校内研」とは、学校の先生たちが共同で行う研修活動で、言語活動や地域連携などの横断的なテーマや特定の教科を設定するなどして指導法や教育の改善を行うものです。学校として取り組むことで、目の前の子どもの育ちに直接寄与できることがポイントです。図画工作科や美術科の研究大会における授業研究も、全体テーマをもとにしながら、それぞれの学校の取り組みとして位置づけられていることが多く、中には大会を目指して何年も授業改善に取り組む学校もあります。
 明治時代から行われていた授業研究は、戦後の教育運動や行政的な施策などを反映しながら発展し、今も各学校、市町村、都道府県、全国などで多様に展開されています。先生たちは様々な研究大会へ参加し、広い視野を獲得したり、専門性を深めたりしています。みんなで教育の質を高め、子どもを育もうとする貴重な実践、それが授業研究や研究大会だと思います。

2.研究大会と授業研究の「これから」

 一方、各教科等の実践が中心となる研究大会や、授業を通して教育を検証する授業研究は、どうしても教科そのものに閉じていく傾向が生じます。図画工作科や美術科においても、「美術は素晴らしい」が強調されて戸惑ったり、教科的な閉そく性を感じたりすることがあります。現在、学習指導要領は改訂され、美術をめぐる社会的な状況は大きく変化しています。これから「授業研究」と「研究大会」に何が求められるのか考えてみたいと思います。

  1. ある研究会で「『図画工作・美術は他の教科と違う』ではなく、他の教科と同じ土俵で競っていけるように研究に励んでいきたい」という発言がありました。そうだと思います。これまで作品や造形活動だけがゴールだったり、「こんな学習をしたので、こんな姿になった」という我田引水的な発表が行われたりしていたことは否めません。「三つの柱」で全教科等が貫かれた今は、他の教科と対等な結果を出していくことが求められるでしょう。図画工作科や美術科の学習を通してどんな学力を育成したのか、その成果は何か、単なる感想やアンケート集計に終わるのでなく、統計的な調査やルーブリックなどを活用したエビデンスの提示、研究機関との連携などが必要だと思います。
  2. 授業研究では、具体的に「三つの柱」の実現を目指す必要があります。例えば、「知識・技能」では、適切に形や色を取り出す、細部までよく観察するなど、「思考力・判断力・表現力等」では、必要な材料を取捨選択する、動きや方向を調整しながら画面を構成する、複数の資料を論理的に組み立てるなど、「学びに向かう力、人間性等」では、友達の発想を取り入れて自分の活動を高める、オリジナルな視点や意見を出そうとする、他者を尊重し協働的に活動するなどが考えられます。指導方法と評価の関係を明らかにしながら具現的に想定することが大切でしょう。特に小学校中学年以上では、獲得した力や発揮した力などを子ども自身が自覚することも重要なポイントです。
  3. 「カリキュラム・マネジメント」の観点からは、単純な教科間連携だけで参加者を納得させることが難しくなります。「社会に開かれた教育課程」=「美術館との連携」も安易でしょう。人々は、図画工作科や美術科が、子どもたちの育成だけでなく、どのように社会に寄与しているかを知りたいのです。すでに自治体レベルで、「芸術を核にした教育」と呼べるような実践に取り組んでいる例もあります(※4)。教育の中心に芸術諸教科が位置づくプログラムを提案するのも方法の一つだと思います。
  4. 美術館で仕事や会議をする空間「はたらける美術館」

  5. 図画工作科や美術科の大切さや効果などについては、いまだに明確に証明されていません。美術教育で育つのは創造性なのか、独創的な問題解決力なのか、気付く力なのか、グリットなのか、感性の豊かさなのか、何も分かっていないのです。一方で、社会は美術教育に高い可能性を感じています(※5)。それが時代の要請だとすれば、学校教育だけに拘泥するのではなく、美術に対する社会の期待に応えることも研究大会の一つの在り方だと言えるでしょう。

 今回の改訂は、単なる学力観の変化ではなく、時代や社会に応じた「学力そのものの変化」がポイントです。20年後、30年後の社会を視野に入れて、新しい学力を図画工作科や美術科から提案する「志」が授業研究と研究大会に求められているのかもしれません。

 

※1:「各学校で授業研究を実施するのは当然という文化が形成されており、教師の研修は教育センターにおける研修受講と授業研究を核とした構内研修により実施されることが、何の疑いもなくほとんどの教師に当然のことと受け取られている」 千々布 敏弥「日本の教師再生戦略―全国の教師一○○万人を勇気づける」教育出版 2005
※2:前掲書「授業研究が米国内に知られることとなったのは『ティーチング・ギャップ』出版の後であるが、授業研究がブームとなってきたのは、平成15(2003)年からととらえてよい。」
※3:「我が国では、教員がお互いの授業を検討しながら学び合い、改善していく「授業研究」が日常的に行われ、国際的にも高い評価を受けており、子供が興味や関心を抱くような身近な題材を取り上げて、学習への主体性を引き出したり、相互に対話しながら多様な考え方に気付かせたりするための工夫や改善が続けられてきている。こうした「授業研究」の成果は、日本の学校教育の質を支える貴重な財産である」中央教育審議会「幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善及び必要な方策等について(答申)」2016 48p
※4:例えば、読売教育賞2016 美術教育部門最優秀賞「地域の色・自分の色」実行委員会(大分市)

「地域の色・自分の色」石や貝殻を金槌で砕く

※5:すでにこの連載で指摘しているように、海外ではアートスクールが企業研修を担当し、美術館のギャラリートークにビジネスマンが参加しています。学び!と美術<Vol.61>「美術への期待と学力のエビデンス」。日本でも「アートセミナーが部長クラスのビジネスマンの予約で埋まってしまう」(アマナ・アートセミナー)、「地域の経済界のリーダーが美術鑑賞とビジネスの研修会に参加する」(内外情報調整会)などの状況が生まれています。