学び!と美術

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教育の効果~最大要因は「教師」
2018.03.12
学び!と美術 <Vol.67>
教育の効果~最大要因は「教師」
奥村 高明(おくむら・たかあき)

 「学校教育でかけがえのない存在は?」と聞くと、多くの人々は、たいてい「子ども」と答えます。しかし、「かけがえのない子ども」には「かけがえのない教師」が必要です。本稿では統計学を用いた研究成果からこのことを検討してみましょう。

1 効果量という指標

 宿題、就学前プログラム、学級規模の縮小、能力別学級など様々な教育方法や施策があります。それらの中で、最も学力に影響のある要因が教師です。ハッティ(2018)は、何百万もの子どもたち、5万件の研究成果をもとにした800のメタ分析を統合した結果、学習に違いをもたらすのが教師だという結論に達します(※1)
 ハッティは学力に与える影響の違いを効果量dによって表しました。効果量とは効果の大きさを表す指標で、実験群と統制群の平均値の差を標準化した数値です。効果量dを用いることで、研究ごとに異なる測定単位や量などを概ね同じ条件で比べることができます。

図2.2 全メタ分析の効果量の分布

 800のメタ分析を効果量dで比較して分かったことは、学校や教室で行われていることは、ほぼ全てに「正の効果」があるということです。簡単にいえば、何をやっても子どもの学力は伸びるというわけです。
 ただし効果の程度には違いがあります。効果量の平均はd=0.4です。つまり、効果量が0.4以上であれば、平均以上の効果が見られるのですが、0.4以下であれば、それなりに効果はあるけれども、時間や費用、実施方法などを検討する必要があるということになります(※2)
 この効果量で全体を見渡したとき、平均以上の効果を示すものの多くは教師要因で、学級規模や異年齢学級などの学校要因や、宿題や視聴覚教材などの指導法要因によるものは人々が思ったほど効果がないことが分かりました(※3)

2 少人数学級の効果

 国会等でよく議論になる「学級規模の縮小」はd=0.21です。1学級当たりの児童生徒数を減らせば、一人一人を丁寧に見る時間、子どもと向き合う時間が増えます。指導や仕事の面でそれなりの効果が見られます。国立教育政策研究所の山森は、小学2年生の国語で、過去の学力が同程度であれば、少人数学級の方が、その後の学力が高くなることを報告しています(※4)
 しかし、学級規模を縮小すれば、当然学級と先生の数は増え、継続的に人件費がかさむことになります。教育経済学者の中室(2015)は「少人数学級は学力を上昇させる因果効果はあるものの、他の政策と比較すると費用対効果は低い政策である(※5)」と述べています。学力を伸ばす効果はあるものの、教師を採用する膨大なコストに見合っているかどうかは微妙な数値です。
 少人数クラスほどコストがかからない「能力別学級」を算数や英語などで導入している自治体も多いようですが、効果量はd=0.12、効果としては極めて小さいものです。高収入で学習習慣が身についた高学力クラスに対して、低学力クラスには困難を抱える子どもが集められ、秩序が形成されず、学習に集中して取り組めない状態が続くので、公平性という点で課題があるようです。

3 教師の効果

 教師に関する要因は、例えば「教師の明瞭さ」効果量d=0.75、「教師と子どもの関係」効果量d=0.72など、宿題や少人数学級以上の効果量を示しています。
 「教師の明瞭さ」効果量d=0.75は難しい話ではありません。教師の話の聞き取りやすさや内容の分かりやすさなどが学力に影響を与える度合いが大きいということです。
 授業の概要について説明する場面、例示をする場面、子どもの意見や実践を評価する場面など「教師の明瞭さ」は学習のあらゆる場面で求められます。子どもから考えれば、先生が何を話しているのかが分かればスムーズに勉強できますし、それが学力に対する効果につながるのは妥当なことでしょう。
 「教師と子どもの関係」の効果量はd=0.72です。文字通り先生と子どもの関係性が良好であれば、子どもの学力は伸びるということです。
 例えば、子どもに共感的に接し、よく子どもの話を聞く先生がいるとします。子どもたちは自分に関心を寄せられ、周りからも気遣いを受けていると感じるでしょう。自分が期待されていると思う子どもたちは友達も尊重するようになります。学級に安心感や雰囲気が醸成され、子どもは学習に集中して取り組み、友達を尊重し、自主的、自律的に学習することになるようです。

4 教師という存在のかけがえのなさ

 ハッティは子どもの学力を向上させるためには「教師の質」と「教師と学習者との関係」が特に重要だと主張しています。
 「教師の質」とは教師の人格や熟練度のことではなく、教師が様々な指導法を身に着けたり、学習指導の失敗や成功などから学んだりしながら子どもを効果的な方法で教えてくれるかどうかという意味です。
 「教師と学習者との関係」とは、文字通り教師と子どもの人間関係であり、子どもに高い期待を抱くことを始まりとして、教師と子ども、子どもと子どもなどが、お互いに認め合う温かい学級風土が形成されることです。
 ハッティはそのような「児童生徒の学力を確実に高める教師」が大勢いるので「将来に希望がもてる」と述べています。
 そうだとすれば、教師が前述した「学級規模の縮小」や「能力別学級」の効果量が低いことも、それ自体の責任というよりも、教師の存在が原因ではないでしょうか。
 教える人数が変わったからといって自分の指導方法を大きく変える教師はまずいません。教師は自分に合った話し方や指導法を身に着け、日々これを実践しています。
 教師は、子どもの数にお構いなしに授業をするという言い方もできますが、目の前にどのような数の子どもたちがいても、自分の特徴を生かしながら全力で指導するのが教師の性分だとも言えると思います。
 40人学級でも、能力別学級の低学力クラス担当であっても、教師は日々指導の改善に努め、かけがえのない子どもたちのために最善を尽くしているのです。

 教師たちは、自分たちが「かけがえのない存在」であることにもっともっと自信をもっていいと思います。

 

※1:ジョン・ハッティ著/山森光陽訳「教育の効果 メタ分析による学力に影響を与える要因の効果の可視化」図書文化 2018
※2:前掲書48p
※3:例えば「宿題」の効果はd=0.29です。効果量としては平均以下です。宿題を出す、出さないの違いは、身長に置き換えれば180cmと182cmの差しかありません。
※4:山森光陽「学級規模の大小による児童の過去の学力と後続の学力との関係の違い~小学校第2学年国語を対象として~」教育心理学研究 2016
※5:中室牧子「学力の経済学」ディスカバー・トゥティワン 2015