学び!と美術

 「主体的・対話的で深い学び」については「分かったような、分からないような……」が正直なところでしょう。「手を挙げた回数」「対話が取り入れられた学習」「難しいことを学んだ授業」でないことは分かります。一方で「主体的とは何か」「深いとは何ぞや」と考えても、答えが出るわけではありません。
 学習指導要領の読解のコツは「文言から考えない、実現状態から考える」です。本項では「問い」の実現状況から検討してみましょう。

本質的な問い

 教育評価などの研究者である西岡は、学習成果からさかのぼり、求められている結果やその証拠などから授業設計する「逆向き設計」を提唱し、論争的で探求を触発するような「本質的な問い」の設定の重要性を強調します(※1)
 「本質的ではない問い」は、一問一答で答えられるものです。「この作品の作者は誰ですか?」「透視図はどのように描けばよいですか?」など、いわゆる「事実的な知識(※2)」が問われる「問い」です。一方、「本質的な問い」は「国宝とはどのような概念か?」「この美術作品が後世に与えた影響は何か?」など、単元全体にかかる「概念的な知識(※3)」に相当する「問い」です。
 さらに単元を超えた包括的な「本質的な問い」もあります。様々な文脈で活用できて、その後の生き方に役立つ「問い」です。「より良い社会を形成するために、あなただったら美術を通して何を実践しますか?」「豊かな生き方のために私たちは芸術作品にどのように向き合えばよいですか?」など、教科の「見方・考え方」を働かせた教科の本質に関わる「問い」です。
 西岡は、社会科を例に以下のように述べています。

例えば、「社会はどのような要因で変わっていくのか?」という問いに対して、素朴な理解であれば「英雄が活躍することによって社会は変わる」という内容かもしれない。しかし、より洗練された理解であれば、「社会は様々な政治的・経済的・文化的要因が複雑に影響し合って変化する」ことを踏まえた内容になるだろう。

 「本質的な問い」によって、子どもたちが「素朴な理解」から、教科の本質に関わる「洗練された理解」に到達したとすれば、それは「深い学び」の実現だといえるでしょう。

アールブリュットを問う~滋賀県立膳所高等学校の実践

 具体例として、滋賀県立膳所高等学校教諭の山崎仁嗣先生が実践したアール・ブリュットの学習を検討します。
 アール・ブリュットとは、伝統的な美術教育を受けていない人が既成の芸術や文化潮流にとらわれずに表現した絵画や造形、つまり生(brut)の芸術(art)のことです(※4)。言葉自体には「障害」というニュアンスは含まれていませんが、日本では障害者施設等で生まれた表現がアール・ブリュットとして取り上げられることが多く、アウトサイダー・アート、エイブル・アートなど、微妙に異なる概念が混在しています。
 山崎先生は「アール・ブリュットやそこに関わる人の姿などから、美術や福祉、文化芸術への見方が深まり、それを通して社会や人としての在り方を考え、さらには今までの自分の認識や思考の仕方を省みることを試みたい」と考え、生徒が自ら調べ、様々な作品や文献、人々に出会う学習を組織しました。
 まず、生徒たちは、新聞記事や論文等の資料から、アールブリュットという聞きなれない言葉を調べ、自分なりの「問い」を設定することから授業が始まります。その後、講師の先生と話をしたり、実際の作品や制作活動を鑑賞したりします。さらに、生徒同士で討論したり、自分が受けてきた美術教育と比較したりしながら、自分の「問い」を発展させていきます。
 当初の「問い」は「アール・ブリュットとは何だろう?」という「事実的な問い」でした。その後「アール・ブリュットは、果たして障害のある人の作品なのか?」という「概念的な問い」へと変化します。さらに自分の考えを振り返ったり、これからの社会の在り方について考えたりしながら、最終的には「アール・ブリュットという枠組みが果たして必要なのか?」という「問い」になりました。

生徒たちの「問い」の発展

事実的な知識の問い    「アール・ブリュットとは何を意味しているか?」
概念的な理解の問い    「アール・ブリュットは障害のある人の作品か?」
教科の本質に関わる問い  「アール・ブリュットという枠組みは私たちにとって必要か?」

 膳所高校の生徒たちは、アール・ブリュットという概念は、多様性が求められるこれからの社会に必要なのか、新たな差別をつくりだすのではないのかなど、その正当性や妥当性そのものを問い直す「問い」に辿り着いたのです。アール・ブリュットという概念や枠組みが、現時点では必要であったとしても、今後自分たちが生きていく上で、果たして必要かという社会に対する問いかけでしょう。
 生徒たちは、「学習前と後では、自分の考え方が変わったことに気が付いた」「いろいろ情報を鵜呑みにせず、自分がどう考えるかが重要だと思う」など感想を述べています。山崎先生は、「生徒は、美術や福祉、文化芸術への見方を深め、社会や人としての在り方を考え、さらには今までの自分の認識や思考の仕方を省みている」と答えています。
 本学習は、生徒たちが主体的に「問い」を形成し、友達や関係者など様々な人々との対話を通して、将来、彼ら自身が文化や社会をつくりだす可能性を期待させる学びとして成立していると思います。そうであれば、実現状況として「主体的・対話的で深い学び」を達成していると言えるのではないでしょうか(※5)

 

※1:西岡加名恵「教科と総合学習のカリキュラム設計―パフォーマンス評価をどう活かすか」2016 図書文化社
※2:「身に付けるべき知識に関しても、個別の事実的な知識と、社会の中で汎用的に使うことのできる概念的な知識等とに構造化されるという視点が重要である。個々の事実的な知識を網羅することが学習の最終的な目的ではなく、様々な場面で活用される概念的な知識を身に付けていく過程の中で、事実的な知識を獲得していくことが必要であるという点を明確にする必要がある。教育課程企画特別部会「論点整理のイメージ(たたき台)(案)」平成27年。学び!と美術<Vol.49>「図画工作・美術における知識の行方」も参照してください。
※3:中央教育審議会の最終的な答申では、「概念的な知識」は「生きて働く知識」としてまとめられています。

 各教科等において習得する知識や技能であるが、個別の事実的な知識のみを指すものではなく、それらが相互に関連付けられ、さらに社会の中で生きて働く知識となるものを含むものである。
 例えば、“何年にこうした出来事が起きた”という歴史上の事実的な知識は、“その出来事はなぜ起こったのか”や“その出来事がどのような影響を及ぼしたのか”を追究する学習の過程を通じて、当時の社会や現代に持つ意味などを含め、知識相互がつながり関連付けられながら習得されていく。それは、各教科等の本質を深く理解するために不可欠となる主要な概念の習得につながるものである。そして、そうした概念が、現代の社会生活にどう関わってくるかを考えていけるようにするための指導も重要である。基礎的・基本的な知識を着実に習得しながら、既存の知識と関連付けたり組み合わせたりしていくことにより、学習内容(特に主要な概念に関するもの)の深い理解と、個別の知識の定着を図るとともに、社会における様々な場面で活用できる概念としていくことが重要となる。

※4:英語ではアウトサイダー・アートと称されている。加工されていない生(き)の芸術、伝統や流行、教育などに左右されず自身の内側から湧きあがる衝動のままに表現した芸術である。フランスの画家ジャン・デュビュッフェ(Jean Dubuffet 1901-1985)によって考案された。
※5:小学校における問いについては、学び!と美術<Vol.65>「美術を核にした教育プログラム」の姫島小学校の実践を参照。