学び!とシネマ

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台湾萬歳
2017.07.20
学び!とシネマ <Vol.136>
台湾萬歳
二井 康雄(ふたい・やすお)

(c)『台湾萬歳』マクザム/太秦

 夜明けの海。小さな漁船。静かなギターの調べ。酒井充子監督のドキュメンタリー映画「台湾萬歳」(太秦配給)は、冒頭に、うっとりするほどの台湾の美しい風景を用意する。
 1895年から1945年まで、台湾は日本の統治下にあった。戦後生まれの酒井充子は、ツァイ・ミンリャンの「愛情萬歳」、ホウ・シャオシェンの「悲城情市」といった映画に魅せられて、1998年、初めて台湾の地を踏む。「悲情城市」の舞台になった九份で、あるおじいさんに流暢な日本語で話しかけられ、驚く。おじいさんは、日本語の先生の思い出話を語る。
 2000年、酒井充子は、「台湾の映画を撮ろう」と決意、本格的に台湾の取材をスタートさせる。2009年、日本語で教育を受けた世代の人たちの人生を追った「台湾人生」が完成、一般公開される。その後、第二次世界大戦、「悲城情市」で描かれた二二八事件、民主化運動を弾圧した白色テロなどの歴史に翻弄された世代の人生を描いた「台湾アイデンティティー」を撮る。
 いわゆる三部作の最終章となるのが、この「台湾萬歳」である。どのような悲惨な現実があろうと、人は生きていく。海で魚を採り、山でけものを討ち、畑で作物を作る。時代は変化しても、人が生きてあることには、なんの変化もない。本作の舞台は、台湾の南東部、台東縣。アミ族、ブヌン族、タオ族など、多くの民族が暮らしている。漁港のある成功鎮には、戦前から、多くの漢民族や日本人が移住している。

(c)『台湾萬歳』マクザム/太秦

 元カジキ漁の漁師だった張さんは85歳。77歳の妻の李典子さん、長男夫婦といっしょに成功鎮に住んでいる。張さんは、19歳から、兄といっしょにカジキ漁船に乗り、30歳で念願の船長になる。船の先端に立ち、カジキにモリを振り下ろす、伝統の突きん棒漁だ。漁業を引退したいまは、朝から畑に出て、イモやバナナ、パパイヤを作っている。午後は、漁港に行き、魚の水揚げを眺めるのが日課だ。奥さんは、かつて、張さんの穫ってきた魚を調理していた。
 69歳のオヤウさんと、62歳のオヤウ・アコさんは、成功鎮に住んでいるアミ族の夫婦だ。オヤウさんは、張さんといっしょにカジキ漁に従事、いまなお、カジキや、トビウオ、シイラ漁に出ている。アミ族は、かつて漁港を築くときには、労働力として駆り出されていた。アコさんの叔父は、戦後、国民党軍に徴兵され、ながく中国大陸で過ごすことになる。
 ブヌン族名でシンシン、通称カトゥさんは41歳と若い。台東縣の延平郷に住んでいる。父はパイワン族、母はブヌン族で、いまは中学校で、歴史を教えているが、ギターを弾き唄う、シンガーソングライターでもある。戦後、中国から移ってきた国民党の老兵が、二胡を弾きながら雑貨を売る様子を歌にした。通称のカトゥは、祖父の日本名が加藤四郎だったことからの名だ。

(c)『台湾萬歳』マクザム/太秦

 ブヌン族名、ムラスさんは89歳。日本名はきよこ。もともとは高地の村に住んでいたが、日本統治のころに、強制的に台東縣の延平郷に移住させられた。ときおり、カトゥさんが訪ねてきて、移住したころの話を聞いている。両親は移住に反対したが、どうすることもできなかった。以来、きよこさんは、故郷に戻ったことはない。せめて、自分たちの土地だった場所を守ってほしいと願っている。
 ブヌン族のダフさんは41歳。カトゥさんとともに、伝統の狩りを続けている。射撃の名手で、キョンを一発でしとめるほどの腕前だ。その場でキョンを捌く手際が見事。
 主に、7名の人物が登場する。だれも、声高に、台湾独立や民主化を叫ぶわけではない。与えられた人生に感謝し、家族を思い、謙虚に生きている人たちばかり。戦後、すでに70年を超えている。「台湾萬歳」で描かれた7人の暮らしからは、台湾と日本の関係がどのようなものであったかが、痛切に伝わってくる。
 監督もまた、声高に叫ばない。台湾の、田舎の、市井の、ごくふつうの人たちの暮らしを、淡々と綴っていく。さまざまな国が、文明の名のもとに、高度成長を遂げている。台湾のこの地とて、やがて文明の波にさらされるかもしれない。それでも、人と人は寄り添い、額に汗を流し、働き、ときには喜怒哀楽を歌に込め、唄い、ふつうに暮らしている。
 監督に、「ぜひ台湾へ」と、何度も言われたことがある。「台湾萬歳」を見て、ますます、いちどは訪ねてみたいと思う。監督は、「まずは何度も行き、やがて、成功鎮にも」と。

2017年7月22日(土)より、ポレポレ東中野ico_linkにて公開ほか全国順次

『台湾萬歳』公式Webサイトico_link

監督:酒井充子
出演:張旺仔、オヤウ/許功賜、オヤウ・アコ/潘春連、Sinsin Istanda/柯俊雄 ほか
エクゼクティブプロデューサー:菊池笛人
統括プロデューサー:小林三四郎
プロデューサー:小関智和、陳韋辰
撮影:松根広隆 録音・編集:川上拓也
音楽:廣木光一 制作:今村花 タイトル:張月馨
特別協賛:台東縣
宣伝協力:カツオ標識放流共同調査プロジェクト(味の素株式会社)
後援:台北駐日経済文化代表処、台湾新聞社、一般財団法人台湾協会、東京台湾の会、臺灣電影迷、チャイナエアライン
製作:マクザム、太秦
配給:太秦
2017年/日本/DCP/カラー/93分