学び!とシネマ

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ゲンボとタシの夢見るブータン
2018.08.20
学び!とシネマ <Vol.149>
ゲンボとタシの夢見るブータン
二井 康雄(ふたい・やすお)

©ÉCLIPSEFILM / SOUND PICTURES / KRO-NCRV

 「あなたは幸せですか」との問いは、永遠の問いだろう。経済的、物質的に恵まれていても幸せでない人は多い。逆に、経済的、物質的に恵まれていなくても、幸せな人は多い。
 「人間はだれ一人として幸福を求めないものはない。……ただ、幸福の内容はどんなものか、また、いったいこの世で幸福を見い出せるかどうかという点で、人々の考えが一致しないだけである」。アランの「幸福論」を持ち出すまでもなく、要は、気持ちの持ちようだろう。ふと、そんなことを思い出しながら、ドキュメンタリー映画「ゲンボとタシの夢見るブータン」(サニーフィルム配給)を見ていた。
 ブータン。鎖国を解除した1971年以来、行ってみたいなあと強く思う国だ。
 ブータンの首都ティンプーから、バスで15時間ほどのブムタンにある小さな村。代々続いた大きな寺院で暮らすゲンボは、16歳の男の子。寺院を継ぐために学校を辞め、規則の厳しい僧院学校に進むべきか、悩んでいる。妹のタシは15歳。まるで男の子のように振る舞い、サッカーの代表チーム入りを夢見ている。タシは、心優しい兄ゲンボを慕っていて、サッカーを教えてくれるゲンボが、遠く離れた僧院学校に行かないことを願っている。

©ÉCLIPSEFILM / SOUND PICTURES / KRO-NCRV

 父のテンジンは、当然ながら、子どもたちが幸せになることを願っている。いつも、ゲンボには、仏教の教えがいかに大切かを説いている。タシには、男の子のように振る舞うことなく、女の子らしく生きていくこと望んでいる。
 母のププ・ラモは、将来、寺院に来る観光客たちに、ゲンボが英語でガイドが出来るよう、いましばらくは学校で英語を学ぶことが重要と考えている。
 ゲンボもタシも、思春期である。近い将来、どのような生き方を選ぶか、いまだ明確な答えを持っていない。
 テレビや、インターネット、スマホが普及し、社会資本が整備され、ブータンの近代化が急速に進みつつある。親と子の想い、願いは、なかなか一致しない。ゲンボとタシは、いったい、どのような未来を選択するのだろうか。
 ゲンボたちの住む村は、標高2000mほど。夏は過ごしやすいが、冬の寒さは厳しい。ゲンボとタシの兄妹は、よく「寒くなってきた」と言い合う。また、数々のブータンの伝統や風習、事物が、次々と紹介されていく。鮮やかな色の民族衣装で、チャムという仮面舞踏を踊るシーンが出てくる。その躍動感に驚く。
 ケーブルテレビでは、ヨーロッパのサッカーの試合を見ることができる。そういったブータンのいまが、きめ細かく、丁寧に描かれて、飽きない。

©ÉCLIPSEFILM / SOUND PICTURES / KRO-NCRV

 ブータンは、「幸せな国」というイメージがあるが、少なくとも、「幸せな国」になりたい、なりつつあるというのが伝わってくる。もちろん、映画で描かれるのは、ブータンのすべてではない。だが、ブータンという国は、近代化を成し遂げながらも、物質的な幸福よりも、精神的な幸福を希求する国であることが分かる。
 このような「幸せな」ドキュメンタリー映画を撮ったのは、ブータンでドキュメンタリー番組を制作しているアルム・バッタライと、ハンガリーで、短編のドキュメンタリー映画を撮っているドロッチャ・ズルボーという女性。近代化が進めば進むほど、家族愛や兄弟愛、他人への思いやりは希薄になっていくものだ。ブータンもまた、そうなりつつあるかもしれない。ふたりの監督が提示するのは、ブータンにとどまらない、現在の家族の典型的な姿、形だろう。
 息子に、文化を守ることを期待はするが、無理強いはしない父親の苦悩が、全編ににじみ出ている。そして、その苦悩を象徴するような、エンド・クレジットで流れるブータンの音楽が、こころに沁みいってくる。
 映画を見終わって、また、アランの言葉を思い出した。「若干苦労して生きていくのはいいことだ。波瀾のある道を歩むことはよいことなのだ。欲するものがすべて手に入る王さまはかわいそうだと思う」。

2018年8月18日(土)より、ポレポレ東中野ico_linkほか全国劇場ロードショー

『ゲンボとタシの夢見るブータン』公式Webサイトico_link

監督:アルム・バッタライ、ドロッチャ・ズルボー
2017/ブータン、ハンガリー映画/ドキュメンタリー/ゾンカ語/74分/英題 The Next Guardian
後援:ブータン王国名誉総領事館/ブータン政府観光局/駐日ハンガリー大使館
協力:Tokyo Docs/日本ブータン友好協会/日本ブータン研究所/京都大学ブータン友好プログラム
字幕:吉川美奈子/字幕協力:磯真理子/字幕監修:熊谷誠慈
配給:サニーフィルム