学び!と道徳2

 「学び!と道徳2」第2号を掲載させていただきます。
 10月、各地区で公立学校の新規採用選考の合格発表がありました。私が勤務する教職大学院でも多くの院生が合格し、来年の4月には教師として羽ばたいていくことになりました。合格通知を手にして、喜びとともに教師としての自覚が芽生え始めているようです。しかし、合格者の中には今頃になって、「先生、もう一度道徳の授業のやり方を教えて下さい。」と言ってくるようなものもいます。新前教師として、現職の先生方にご迷惑をおかけすると思いますが、温かくかつ厳しいご指導・ご支援をよろしくお願いします。
 このシリーズに参加してくれる道子、真理、響たちも、先輩たちに続けとますます学びに力が入っているようです。

1 学校ではどのようにして道徳教育が行われているのか

真理「実習校で、部活指導の中で道徳教育をしているという先生がいます。」
「生徒指導をしっかり行えば、道徳教育はいらないという先生もいるよ。」
道子「道徳教育はしつけと同じだから、家庭で行えばよいという意見もあるわね。」
真理「私が卒業した学校は『文武両道』を教育目標にしていて、勉学とスポーツに力を入れていたので、運動が苦手な私は大変だった。」
「人格の完成を教育の目的としている教育基本法では、第2条の教育の目標の一で『幅広い知識と教養を身に付け、真理を求める態度を養い【知育】、豊かな情操と道徳心を培う【徳育】とともに、健やかな身体を養う【体育】こと』と定めています。これは、知育・徳育・体育をバランスよく行うことにより、生きる力を育成することです。図のように、知育・徳育・体育のどれ一つでも不十分だと、生きる力が十分に育たないということになります。道徳心を培うとあるように道徳教育は、徳育です。教育基本法はすべての教育に対して定められた法律ですから、学校教育はもとより家庭教育でも徳育をすることが求められています。しかし、近年家庭の教育力の低下は課題になっています。そのような状況に対して、学校・家庭・地域社会全体が協働して子どもへの徳育を行うことの重要性がますます高まっています。話は変わりますが、響君の専門である音楽科や美術科などは、表現活動や鑑賞を通して豊かな情操を培うので大切な徳育の一つであるとも考えられます。」
「体育が苦手な真理は、生きる力が弱いということか。」
真理「失礼ね!」
「響君、そんなに簡単に考えてよいかな。本日のアクティビティーは、道徳教育は学校でどのように行われているか、を考えてみましょう。」
「道徳の時間と言いたいが、今の先生の話では、僕の音楽科も関係しそうだな。」
「冴えているね! 平成29年3月31日告示の学習指導要領には『学校における道徳教育は、特別の教科である道徳(以下「道徳科」という。)を要として学校の教育活動全体を通じて行うものであり、道徳科はもとより、各教科、総合的な学習の時間及び特別活動のそれぞれの特質に応じて、生徒の発達の段階を考慮して、適切な指導を行うこと。』とあります。つまり、道徳教育は、週1回の道徳の時間に行われる授業と学校の教育活動全体で行うことになっています。真理さんの実習校の先生が言うように部活動でも当然道徳教育は行われます。しかし、部活動ですべての内容を指導できるかは疑問です。指導するべき内容が指導されなかったり、指導しても不十分だったり、さらには内容間のつながりや発展に触れられないことがあります。そこで、道徳の時間(授業)で指導の足りないところを補ったり、深めたり、内容を統合したりすることが求められています。このことが扇の『要(かなめ)』のように、道徳の時間を中心として学校の教育活動全体で道徳教育が行われているという意味です。」
真理「私の数学科でも道徳教育をしなければならないということですね。難しいな……。」
「その通りです。学習指導要領では『道徳教育の目標に基づき、道徳科などとの関連を考慮しながら、第3章特別の教科道徳の第2に示す内容について、数学科※の特性に応じて適切な指導をすること(※各教科が入る)』とあります。皆が教科指導をするとき、道徳教育の指導内容が自分の教科の指導内容とどのような関わりがあるか常に考え指導していくことが求められています。」
道子「数学は公式や定理を使って問題を解くから、公式や定理はきまりと考えられるのでは……。」
真理「そうか! きまりを守ることの大切さを教えることができるね。」
「音楽では合唱や合奏で互いに協力することの大切さを指導できる。」

2 道徳教育の目標

「音楽科との関係は理解できたけれど、道徳教育の目標って何だろう?」
道子「道徳性の育成でしょ。響、勉強不足よ。」
「確かに新しい学習指導要領には『道徳教育は、教育基本法及び学校教育法に定められた教育の根本精神に基づき、自己の生き方を考え、主体的な判断の下に行動し、自立した人間として他者と共によりよく生きるための基盤となる道徳性を養うことを目標とすること。』とあります。自分はどう生きるべきか考えるとき、どのように行動すればよいかを自ら考え判断するとき、さらには社会の中で自立した人間として多様な人々と協働しながら生きるにはどのようにすればよいか考えるときの基盤となるものが道徳性であり、その道徳性を養うことが道徳教育の目標であるということです。」
「判断や行動の基準のことかな?」
「判断や行動の基準は、道徳教育の指導内容、つまり、道徳的諸価値です。道徳性とは、『よりよく生きるための基盤となる道徳性を養うため、道徳的諸価値についての理解を基に、自己を見つめ、物事を広い視野から多面的・多角的に考え、人間としての生き方についての考えを深める学習を通して、道徳的な判断力、心情、実践意欲と態度を育てる。(特別の教科 道徳の目標)』と学習指導要領にあるように、よりよく生きるための基盤である、道徳的な判断力、心情、実践意欲と態度のことです。」
「前回勉強した見えない心の中にある、善悪を判断する理性、善悪を感じる感性、そして善いことを行おうとする心構えのようなものかな。」
真理「だから道徳教育は心の教育と言われるのか。」

3 他律から自律へ

道子「先生、道徳教育は『生徒の発達の段階を考慮して、適切な指導を行うこと。』とは、どういうことですか?」
「まだ小学生のような中学1年生と大人っぽい中学3年生では、同じ内容でも指導の在り方が違うということかな。」
真理「教育と指導の違いかな?」
「すごいところに気付いたね。教育という言葉は、『教え』『育てる』という意味ですね。道徳教育では、行動や言葉遣いについてはどうすればよいか教えるとともに、よりよい言動を自ら考え実践しようとする心情も育てます。例えば、何も知らない幼い子どもや小学1、2年生には『高齢者が電車に乗ってきたときには席を譲りましょう。』と教えることは大切です。しかし、中学生にもなればいつも親や先生から言われて行動するのではなく、自ら考え判断して高齢者に席を譲ろうと思う心の力を育てることが大切です。
 発達心理学者のピアジェは、道徳性の発達は他律から自律へと変化していくと述べています。子どもは自己と他者との区別がつかない『自己中心性』の無秩序な時期から社会とのかかわりの中で、親や大人との『強制関係』から子ども同士の『協同関係』という2つの段階へと発達すると考えています。
 強制関係は大人の言うことを聞くことが基本的な義務であり、規則が外部から子どもに押し付けられている。これは他律的な道徳です。これに対して、『協同関係』は子ども同士が自分たちで規則を作りだし、自ら作った規範に従う。つまり、自律的な道徳です。
 哲学者のカントの道徳哲学も他律から自律へ転化させるプロセスを述べています。命令や義務といった外的な強制にいやいや従う他律的な行為から、自分のうちにある良心に照らした道徳的な規準『格率・格律』と全ての人間の道徳的な行為を制約する普遍的な規準『道徳法則』を一致させることにより行われる自律的な行為へと転化することが大切であると述べています。
 皆さんが教える中学生は思春期の第2次反抗期でもあります。親や先生などの大人の言葉に素直に従うことができない生徒が多いと思います。先生から価値を押し付けるのではなく、生徒自身に考えさせ自覚させることが大切です。」
「なるほど、勉強をしなさいと言われてもやる気にならないわけだ!」
真理「響は勉強が嫌いなだけでしょ。」
道子「私たちも自律的に学びましょう。」

 第2回目はいかがでしたでしょうか? 第3回も引き続き学校における道徳教育について考えていきたいと思います。ご期待ください。