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概要

造形のABC

むすびにかえて私は子どもに立つ「壁と子ども」私が「図画工作は子どもを選んだ」と感じたのは,平成20年の学習指導要領の改訂の[共通事項]の新設のときです。「形や色をとらえ,イメージをもつ」という極めてシンプルな内容です。これは,実生活において,行動するときの原点であり,人間は想像力によって生きていることを表していると思ったからです。生活しているときに当たり前のように働いている能力です。この[共通事項]に対して同じく情操を養う「音楽」は,「要素の聴き取り」「用語の理解」を求めました。学習によって蓄えられた知識や能力をねらいとしたのです。ですから「音楽は音楽を選んだ」と感じました。教科性のちがいがありますが,図画工作は「子ども」を出発点としたのです。そのことで,図画工作の評価は,子どもの姿から見取ることが求められ,子どもを見取る先生の資質・能力が一層求められることになりました。これは平成時代の新しい学力観の集大成ともいえます。また,戦後の教育の根幹でもある民主主義の基本の「個人」の尊重の継承でもあります。市場原理,効率主義など大人の論理が優先され,置き去りにされる「教育」,そして,世界に眼を転じると,戦争や貧困などによって「子ども」が犠牲を強いられています。村上春樹が,2009年2月,エルサレム賞の受賞の言葉として書いた「壁と卵」*)があります。「もしもここに硬い大きな壁があり,そこにぶつかって割れる卵があったとしたら,私は常に卵の側に立ちます」。私も「壁と子ども」であればやはり常に「子ども」の側に立ちたいと考えています。さらに村上は「我々はみんな多かれ少なかれ,それぞれにひとつの卵なのだと。かけがえもろのないひとつの魂と,それをくるむ脆い殻を持った卵なのだと。私もそうだし,あなた方もそうです。そして我々はみんな多かれ少なかれ,それぞれにとっての硬い大きな壁に直面しているのです。」と続けています。私たちに何ができるのか,目の前の子ども一人一人に何ができるのか,悶々とする日々かもしれませんが,私は常に「子ども」に立つ図画工作や美術でありたいと考え行動しようと思います。*)村上春樹『村上春樹雑文集』新潮社2011北海道教育大学岩見沢校美術教育研究室阿部宏行abe.hiroyuki@i.hokkyodai.ac.jp発行日平成27年4月3日平成24年4月平成25年4月平成26年5月1954年生まれ。北海道教育大学岩見沢校教授。評価規準,評価方法等の研究開発に関する検討委員会(小学校図画工作)委員,学習指導要領の改善等に関する調査研究(小学校図画工作)協力者などを歴任。主著:『図画工作の指導と評価』(東洋館出版社,共著),『観点別学習状況の評価規準と判定基準(小学校図画工作)』(図書文化社,共著),『私がつくる図画工作の授業』(日本文教出版,共著)