ブックタイトルどうとくのひろば No.24
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どうとくのひろば No.24
るだけでなく,子どもの未来を壊しかねません。そうなると,いじめは何としてもやめさせなければなりません。では,科学的に考えると,私たちが行っているいじめ対策のどこに問題があり,どう変えるべきなのでしょうか。最初に指摘すべきは,対策のデザインの問題です。このデザインについては,健康問題を例に挙げるとわかりやすいでしょう。例えば,「がん」という病気について考えます。誰もが「がん」になりたくありません。国としても「がん」を減らしたいと考えています。なぜならば,「がん」患者が増えると,その人やその家族が苦しむだけでなく,医療費がかかってしまうからです。そこで,この「がん」への対策を3 つのレベルで行います。第1レベルは,予防的取り組みです。「がん」のリスクを高めること(例えば,喫煙)や逆にリスクを下げること(例えば,緑黄色野菜を食べる)について,社会全体に啓発を行います。その結果,多くの人が禁煙したり食生活を見直したりして,結果として「がん」患者が減ることになります。第2レベルは,早期発見早期治療です。いわゆる健康診断を義務づけ,自覚症状がないうちに「がん」を発見し,さっさと治してしまおうということです。早期であれば治療も安く早く,そして苦しまずに済みます。そして第3 レベルは,「がん」になってしまった方への治療です。研究でわかったことをいち早く治療に取り入れ,なるべく多くの人を救おうということです。さて,こんなふうに「がん」への対策は3つのレベルで行われていますが,「いじめ」はどうでしょうか。現在,文部科学省,教育委員会,学校,そして民間の団体が「いじめ対策」を行っていますが,そのほとんどが「いじめをどう見つけるか」「見つけたいじめにどう対応するのか」「被害者をどう救うのか」などを話題にしています。つまり,第3 レベルを中心にしているのです。これも大切なことなのですが,これだけをやっていても「いじめ」を減らすことはできません。何しろ第3 レベルは,それが起こることが前提になっています。再度,いじめ対策全体のデザインを見直し,特に第1 レベルと第2 レベルで何をすべきなのか,明確にしなければならないといえるでしょう。ところが第1 レベル,つまり「いじめを起きにくくする」ことを行うのは,とても難しいのです。なぜなら,すでに存在する「いじめ」を「解決する」という第3 レベルは,結果が明確であるのに対し,「いじめがない」状況を保つ,という結果は見えにくいからです。しかも,何をすればいじめを起きにくくすることができるのか,明確ではありません。場合によっては,どんな活動でも(授業の充実も,行事をすることも)何もかもが,いじめの予防に結びつけることができてしまい,何が何だかわからなくなってしまいます。極端な話,やっていないのにやっている風を装ったり,しっかりやっているのに意識しなかったりということができてしまいます。いじめ防止対策推進法ができて数年が経過しましたが,いじめは減る傾向にありません。この事実が意味することは深刻です。なぜなら今の対策が,期待しただけの効果をあげていない可能性を示唆しているからです。とするならば,今,私たちがすべきことは,勇気をもって,別のやり方を考えてみることではないでしょうか。教師を含め,多くの大人がいじめの体験者です。子どもの頃,自分が被害者だったり加害者だったりしたこともあるでしょうし,傍観者だった人もいるでしょう。教師の場合は,自分のクラスの子どもがいじめを起こしてその解決に奔走したという経験もあるかもしれません。同様に,子どもたちの多くがいじめ体験者です。逆説的なのですが,だからこそ,いじめは難しいのです。なぜならば,いじめは皆さんがご存じの通り,さまざまなタイプ,深刻さ,状況があります。そのため,たとえ「いじめをやめよう」とみんなが同意したとしても,実はそれぞれが考える「いじめ」が違っている可能性が非常に高いわけです。だとしたら,話が思うように進むわけがありません。法律の定義はともかく,まず,子どもたちも大人たちも「いじめとは何か」,そして「なぜいじめをなくさなければならないのか」を納得しなければ,本当の意味でのいじめ対策をとることはできません。いじめが何か,そしてなぜいじめをなくさなければならないのか,それぞれが我が身を振り返りながら考えることもできます。また情緒的に,例えば「被害者が傷つくのはかわいそう」と考えることもできますし,道義的に「人としてしてはならないこと」と価値づけることもできます。しかし,ここではあえて科学を使うことにしましょう。なぜならば科学は,その人の考え方,文化,倫理,宗教観を超えて共有可能だからです。例えば宗教,人種,考え方,国籍が違ったとしても,「物質の最小単位は分子である」などという科学的事実は否定できません。いじめも人によって捉え方が違うと,対策そのものが曖昧になります。こういうときこそ,科学の出番だといえます。実は,いじめをテーマにした科学的研究は,世界中で行われています。たくさんの子どもたちを対象に,いじめ被害者や加害者の特徴,いじめのメカニズムが解明されています。いじめの定義については,世界的には,いじめ研究の第一人者であるオルヴェウスのものが有名です。前出のいじめ防止対策推進法が,いじめを「心理的又は物理的な影響を与える行為」と「その行為の対象になった児童等が心身の苦痛を感じているもの」と定義しているのに対し,オルヴェウスの定義は「相手に被害を与える行為」「反復性」「力の不均衡」の3 要件からなり,いわゆる「けんか」「よくある子ども同士の争い」と「いじめ」とを分けることを提案しています。いじめが子どもに与える影響については,深刻な報告がたくさんあります。例えば,アメリカのノースカロライナ州で行われた研究によると,加害者は反社会的パーソナリティ障害になるリスクが,そうでない者の4倍程度とのことです。さらに,加害者と被害者の両方を経験した者は,うつ,不安障害,パニック障害,自殺企図などのリスクが,そうした経験をしなかった者より高かったのはもちろん,被害経験のみの者よりも高かったそうです。こうした研究結果は,被害者はもちろん,傍観者についても報告されており,いじめが子どもの発達に長期的に悪影響を与えることは,科学的事実であるといえます。いじめは,情緒的にも道義的にもいけないことであがんの予防いじめの予防かかってしまったがんの悪化を防ぐがんがひどくなる前に見つける生じてしまったいじめへの介入支援いじめかもしれない出来事に対する初期対応第 3 レベル第2 レベル第1 レベルがんにならないように気をつけるすべての子どもを対象にした啓発的,予防的取り組み【図1】公衆衛生学の予防の段階といじめの予防の段階いじめをなくすためにできること特別寄稿和久田 学公益社団法人子どもの発達科学研究所主席研究員いじめ対策が難しいわけ科学を使ういじめは発達に悪影響を与えるいじめ対策のデザインの必要性研究の必要性特別寄稿いじめをなくすためにできること4 5