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概要

どうとくのひろば No.24

そうした力のある子どもがいじめをしてしまう背景には,単に意地悪だったりストレスの解消だったりするだけでなく,「グループをまとめたい」「友達(後輩)を指導したい」「集団で遊びたい」などの意欲があります。しかし,シンキング・エラー(そのためなら相手を傷つけてもよい,このくらいは許される,など)があるため,間違った行動をとってしまっていたわけです。つまり,シンキング・エラーをただすことは,いじめ行動をやめさせることはもちろん,対象となった子どもに正しいリーダーシップを教えるという意味で,教育的アプローチとして,非常に効果が高いと考えられます。では,シンキング・エラーをただしたり,そうしたことを起きにくくしたりするにはどうしたらよいのでしょうか。いろいろなやり方がありますが,その一つに「モデルの提供」という方法があります。よく「子どもを見れば親がわかる」ということを言います。これは経験則だけでなく,実際に研究の場でも「支配的な親の子どもは,自分より弱い子どもに対して支配的な行動をとる」というようなことが確認されています。いじめについても,同様の研究結果が出ていて,例えば「体罰を行う指導者がいる運動系の部活動では,いじめが多い」ことがわかっています。「口うるさい教師」の教室には,「ミニ先生」のように友達の問題を指摘ばかりする子どもが増え,それがいじめにつながることが指摘されています。逆に言うならば,「正しい行動」をする大人を見ている子どもたちは,当然「正しい行動」をするようになります。シンキング・エラーも同じです。子どもはそのシンキング・エラーをどこかで学んでいるのです。とするならば,どうすればよいでしょうか。子どもを変えようと思う前に,私たち自身,大人が自らの行動を点検すべきではないでしょうか。実際,私たち自身にもシンキング・エラーがあります。「勝つためだから」と思い込んで,部活動のときに,考えられないほど理不尽な指導方法をとる部活動顧問がいます。「この子のためだから」と信じ込んで,子どもを傷つける教師がいます。いじめと同じで,たとえ教師でも,どんな理由があったとしても,子どもを傷つけてよいということはありません。まずは大人が相手を尊重し,誰かを傷つけることなく,問題を解決するというモデルを提供すべきです。よい行動の基準にはいろいろあるでしょうが,筆者が所属する子どもの発達科学研究所が一般社団法人IWA JAPAN と共に行っている「BE A HERO プロジェクト」では,次の4つの行動基準を示しています。よいモデルがあると,子どもたちのよい行動が増えます。そうすると,結果的によくない行動が減ります。ただし,こうした行動の変化はゆっくりと,しかし確実にあらわれます。よくない行動(例えばいじめ)が目立つのに対して,適切な行動はともすると見えにくいものです。しかしこうした行動の変化は,「学校風土」として計測することが可能であり,この「学校風土」のよさは,いじめの予防に効果があるだけでなく,不登校や非行の予防,子どものうつや不安の予防,そして学力の向上といったことに影響することが,すでに多くの研究により証明されているのです。いじめ対策に予防的観点を持ち込むこと,そこに科学を使うこと。これが子どもたちの今と未来を守ることになるといえるでしょう。(さらに詳しく知りたい方は,拙著『学校を変えるいじめの科学』(日本評論社)をお読みください)第2 レベルも同じです。「いじめ」が起きたかどうか,わからないうちに解決してしまおうということですから,「いじめ」の定義はもちろん,何をもって解決したとするのかなどが共有されていないと,結果を明確にすることができません。このように,第1 レベル,第2 レベルが難しいのですが,一方,先ほど例に挙げた「がん」への対応はすでに効果を上げています。どこに差があるのでしょうか。答えは簡単です。「がん」についての第1 レベル,第2 レベルは,研究に裏打ちされた方法をとっています。例えば,喫煙が「がん」リスクを高めることを,私たちは知っています。同様に「飲酒」「脂っぽい食事」「運動不足」「ストレス」などもリスクを増やすことを知っており,逆に「緑黄色野菜を食べる」「運動をする」「規則正しい生活をする」などがリスクを下げることを知っています。これらは,誰かの意見とか偉い人の言葉ではなくて,たくさんの研究から導出されたものであり,それを利用しているだけのことです。とすると,私たちは「いじめ」についても,科学を使って第1 レベル,第2 レベルを実現しなければなりません。国立教育政策研究所内にある生徒指導・進路指導研究センターは,「いじめ追跡調査」の結果を受けて,いじめが友人関係や競争的環境などのストレスによって生じるという「いじめーストレスモデル」を提唱していますが,世界の研究はそれ以外にもさまざまな要因を指摘しています。例えば,「子どものいじめの成功体験や目撃体験」「子どもの問題解決スキルの欠如」「よくない親子関係」「虐待」「体罰」「学校風土の悪さ」「モデルの存在」「シンキング・エラーの存在」などです。指摘されてみると,どれもなるほどと思うことばかりですね。さて,こうしたいじめに関連する因子がわかれば,あとは早いです。この因子を減らせばよいのです。どれも大切に思えますが,ここでは,「シンキング・エラーの存在」について取り上げることにしましょう。シンキング・エラーとは,「間違った考え」を意味します。いじめの加害者が陥りやすいものであり,例を挙げると,「これは遊びで,いじめじゃない」「彼が失敗したんだから,いじめられても仕方がない」「みんながやっているからOK だ」「このくらいのことで,いじめだと騒ぐ方がおかしい」などです。念のために確認しますが,いじめは,どんな理由があっても許されない行為です。たとえ相手に落ち度があったとしても,それを理由にいじめをしていいわけではありません。それをOK にしてしまうと,「相手が失敗したから殴ってよい」「相手が自分を傷つけてきたからやり返してよい」というような理屈を肯定することになります。つまり,いじめ(誰かを傷つける行為)は,どんな理由があっても許されない行為であることが,今の社会のルールです。いじめの中でも,加害者側が正当性を主張する場合は,必ずそこにシンキング・エラーがあり,そうした場合,いじめが深刻化することがわかっています。いじめの行為そのものを注意することも大切ですが,その背後にある「シンキング・エラー」にアプローチしなければなりません。そこをたださないと,加害者は同じようないじめを繰り返してしまうことでしょう。つまり,シンキング・エラーへのアプローチこそ,教育がすべきことなのです。たぶん皆さんも経験があるでしょうが,いじめの加害者は,学校現場でそれなりの力をもつ児童生徒である確率が高いです。これは,科学的にコンセンサスを得られているいじめの定義のほとんどに「力の不均衡(つまり,加害者が被害者に比べて,立場,能力,社会性など,何らかの面で力が強い)」が含まれていることからも明らかです。いじめを予防する誰もが陥りやすいシンキング・エラーシンキング・エラーへのアプローチモデルを提供するよい行動が増えることの影響被害者 加害者傍観者いじめ行動スキル不足傍観者の黙認シンキング・エラー被害者の孤立【図2】いじめのメカニズム特別寄稿いじめをなくすためにできることBE A HERO プロジェクト「BE A HERO」に込められた想いHelp     ヒーローは,友達を助ける勇気,助けを求める勇気を持ちます。Empathy   ヒーローは,弱者の気持ちに共感します。Respect   ヒーローは,どんな相手も尊重します。Open-mind  ヒーローは,心を開き,みんなを受け入れます。和久田 学(わくた まなぶ)小児発達学博士。特別支援学校教諭として20 年以上学校現場に携わったのち,現在は子どもの問題行動(いじめや不登校,暴力行為)の予防・介入支援に関するプログラムや教材の開発,支援者トレーニングに取り込んでいる。公益社団法人子どもの発達科学研究所http://kodomolove.org/BE A HERO プロジェクト http://be-a-hero-project.com/6 7