ブックタイトル小学校道徳 沖縄県郷土資料集
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小学校道徳 沖縄県郷土資料集
それから十年、目取真さんは、ついに新たなエイサー団体「琉球國祭り太鼓」を結成しました。当初、集まった人数は約五十人。練習は、夜おそくまで続きました。 そして、いよいよデビューの日。会場には、大太鼓五十個あまりの迫力のある音が鳴りひびき、今までにない感動を観客にあたえました。 その後は、これまでの地域ごとでおどるエイサーのイメージを変え、どこに住む人でもいっしょにおどれるようにくふうしました。同時に、年齢の制限もなくしました。また、当時は男性だけが太鼓を持つのがあたり前でしたが、女性でも太鼓を持っておどれるようにしました。それだけでなく、テレビCMに流れているような現代的な曲も取り入れ、おどりをひろうしました。今まであたり前に思っていたエイサー文化に新しい風を入れることで、年を重ねるごとに仲間も増えていきました。 しかし、「こんなのは、エイサーとはいえない。」などと、批判的な言葉もあったそうです。なかでも、外国の曲を取り入れてエイサーをひろうしたときには、批判も大きく、責められたこともありました。 ですが、「こんな迫力のあるエイサーは初めてだよ。」「新しい感動をありがとう。」という言葉も同時にありました。これらの言葉を支えに、「琉球國祭り太鼓」は、さらに大きく成長していきます。 現在、「琉球國祭り太鼓」は、沖縄県だけでなく、県外や海外にも仲間を増やし、総勢約二千五百名(二〇一八年)の広がりを見せています。さまざまな祭りやイベントなどで活動しており、多くの人々に感動をあたえています。伝統エイサーとはちがった、創作エイサーの発展です。 これからも、「琉球國祭り太鼓」の挑戦は続きます。考えてみよう!琉球國祭り太鼓は,なぜ新しいエイサーとして発展することができたのだろう。■大勢でおどる「琉球國祭り太鼓」め どる まおおだい こち いきはくりょくねんれいたい こシーエムたい こはくりょくそうさく はってん ひ はんりゅうきゅうこくだい こりゅうきゅうこくだい こおきなわりゅうきゅうこくだいこりゅうきゅうこくだい こちょうせんりゅうきゅうこくだい こ 15 10 5 51 5010 5