ブックタイトル形 forme 304号
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形 forme 304号
美術って、すべての物事の着地点になるわけですよね。日常生活で嫌な思いをしても、それを作品作りに活かせばいい。すべての経験が無駄にならないんですよ、美術というものがあれば。1127,186,509土曜日にもかかわらず、町には人影がなかった。地方の旧市街地は、どこも閑散としている。住人の多くは、郊外の大型ショッピングモールでお金を落とす。それが平成の今だろう。でも、空洞化した場所を文化で活気づけようとする動きがないわけではない。ここ前橋も、廃業したデパートをリノベーションし、昨年美術施設が作られた。その真新しい搬入口で作家を待った。運送業者のトラックから降りてきたのは、長躯の青年。関口光太郎、前橋出身の彫刻家だ。駐車を待つ間、黒縁眼鏡をかけ静かに佇む姿は、どこか公務員を思わせる。でも、ジャージの下から現れたド派手なTシャツで印象が一変した。目一杯に描かれたビートルズ。繁華街のガード下でこっそり売られていそうな代物だ。第一印象が崩れた。業者が、トラックからパーツを降ろしはじめた。展示フロアへと移動する巨大な頭部、上半身、腰、尻尾。それらを組むと、六メートル超の像ができあがった。地面に両手を突っ伏し、今にも立ち上がろうとする人魚姫。これは新聞紙とガムテープから成る。関口は、ずっとこの素材で彫刻を作ってきた。新聞をちぎっては丸め、ガムテープをちぎっては貼り、立体化していく。素材は違えど、反復する作業は、粘土を扱う過去の彫刻家たちのそれだ。いわば新聞紙彫刻。小学三年生の時、絵画教室を営んでいた母親から教わった。最初に作ったのは、恐竜ステゴサウルス。少年時代から、皆とスポーツをするよりは恐竜を徹底的に調べたり、一人で工作をしたりしていた。人生最大の影響を受けたのは、幼稚園の時に観た怪獣映画。子どもであれば、一番目立つビジュアルに目を奪われる。彼は、それ以上に怪獣が壊す町のジオラマや、スーツアクターといった裏方の仕事に惹かれた。すぐ両親に映画を特集した本を買ってもらい、隅々まで読んだ。もの作りの舞台裏を知り満足する自分を発見した。プロレスも好きになった。レスラーが繰り出す技の美しさに感動するのはもちろん、実は試合には筋書きがあるのかもしれないと感じながらも楽しんだ。レスラーが本気で戦う瞬間を見逃さなかった。エンターテインメントの中に見え隠れする人間の生な営み。物事に多面性があることに面白みを感じた。高校の時に造形したのは、十六文キックを放つ巨大なジャイアント馬場。でも、単純にプロレスラーを造形物にしたかったわけではなかった。そこには美術界への反発があった。当時は村上隆が注目されていた時期。コンセプト通りに図面を引き、外部に発注してできあがる表現。関口は、実際に手を動かしながらものを考え、形を作っていく。正反対だった。何かに反発することで自分の存在を確認する。それを、もの作りのバネにしていた。美大で彫刻を専攻してからも、規格から外れたものばかりを作った。例えば、『羽化』という習作。つなぎの服に表皮や羽根を造形し、それを着て、蛹から成虫になる過程をパフォーマンスで表現した。「美術は一旦作品を置いたら、作者はそこにいなくてもいい。それって、やり逃げですよね。だから作品への批判も受けられない。批判を体で受け止めないのはずるいと思ったんです」。美術は自分を表現できる最上の手段だが、作り手の主張を一方的に伝えることに違和感があった。だから、演者と観客が対話できる、パフォーマンスという表現に憧れた。敬愛するマイケル・ジャクソンはその最たるものだと考えた。マイケルは舞台で、観客の賞賛や批判を体で受け止め、瞬時に歌やダンスで応える。プロレスラーに感じた凄さもそれだった。卒業が近付いていた。大学を出て、すぐに芸術家として名声を得られるわけではない。そもそも自分は作家を続けられるかどうかも分からない。大人魚姫2013[新聞紙、ガムテープ、木/高さ300cm、全長600cm]23 | 304 | forme