ブックタイトル形 forme 304号
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形 forme 304号
だからこそ卒業制作に、自分にしかできない表現をぶち上げてみたい。しかし、どうしても「主張」の問題が立ちはだかる。彼はそれを解決するため、作品にある枷を科そうと考えた。自分の主張を聞いてもらう代わりに、見てくれた人たちを楽しませる……シンプルな仕掛けだった。そのためには、大きさ、数、密度、この三つの要素が必要だ。すべて揃えば、誰もが楽しんでくれる作品になる。子どもの頃からエンターテインメントに熱狂した自分だから分かる。『瞬間寺院』。南アジアの寺院を想起させる巨大な門を作り、その表面に動物や植物から日常道具に至るまで、この世の森羅万象を無数に配した。寺院という永遠の象徴と、身近にあるハサミや靴に宿る刹那の美しさ。それを併置することで多面性のある作品ができた。人が驚くのを目の当たりにし、手応えを感じた。だが、彼は作家専業の道には進まなかった。卒業後教員免許を取り、就職した。勤務先は、知的発達障がいの子どもたちが通う特別支援学校。「自分が教育に向いているかどうかなんて分からない。でも働くんだ」と、気持ちを切り替えた。いざ就業すると、案の定仕事で疲れ、気付くと朝になっていた。その繰り返し。そんな中、『瞬間寺院』が雑誌に取り上げられたことで、高名なファッションデザイナーから新作の依頼がきた。やはり美術には未練がある。沈みかけていた心を奮い立たせ、作った。だが続かなかった。夏休みにしか、まとまった時間がとれないからだ。通勤途中、自転車に乗りながらも、無意識に美しい形を探すようになっていた。このまま手を動かさないと、自分はバランスを欠いてしまう。もう一度、本気で作るしかない。一念発起し、夏休み以外の時間もすべて制作にあて、二年がかりで新作を完成させた。その行動が、彼に岡本太郎現代芸術賞の最高賞を引き寄せた。「美術って、すべての物事の着地点になるわけですよね。日常生活で嫌な思いをしても、それを作品作りに活かせばいい。すべての経験が無駄にならないんですよ、美術というものがあれば」。彼は、これが「美術の効用」だという。就職して、美術と距離があった自分にいつも言い聞かせていた言葉なのだろう。作家とは、日常生活では解消できない澱のようなものを、自ずと溜め込んでしまう人間のことだ。内部に過剰に積もった澱は、ものを作ることで吐き出される。そこには、作り手の「主張」があって当然だろう。過去、彼はその部分に敏感に反応した。しかし、制作を諦めなかったのは、やはり外に向かって自分を表現するんだという作り手としての「業(ごう)」が勝ったということだ。「美術の効用」を信じるかforme | 304 | 24