ブックタイトル形 forme 306号
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形 forme 306号
芸術科目における教師の役割「まず言っておきたいのは、子どもたちが美術や音楽などの芸術に触れる時間が絶対的に不足しているということです」日本の伝統文化が世界的に注目されている昨今。「しかしそれを日本の子どもたちが学ぶ環境は果たして整っていると言えるでしょうか」と、近藤さんは強い調子で問いかける。「例えば授業時間。今さら私が言うまでもありませんが、中学二、三年生は週一時限、つまり一週間にたった五十分です。感性の下地をつくるべき多感な時期にこれではあまりに不足しています」芸術は正解のない教科であり、点数をつけるのも難しい。また優劣をつけるものでもない。しかし、親でも気づかないような子どもたちの才能に気づけるチャンスが潜んでおり、大変意義のある教科だと近藤さん。「芸術の授業は、子どもたち一人ひとりの関心や情熱、夢などを引き出せる大切な教科だと思います。そのために重要なのは、先生方が子どもたちに『教える』ことではなく、子どもたちを『助ける』ことだと考えます」近藤さんは、芸術科目での先生の役割は「ファシリテーター」だと考えている。「最近、ミーティングやワークショップなどで耳にすることも多いでしょう。ファシリテーターとは何かを『手助け』する人のことです。芸術の授業で大切なのは、先生方が子どもたちの才能を引き出す『手助け』をすること。その上で、子どもたちの才能がいかんなく発揮されたか否かで評価すべきなのです」。自分を表現できた子どもの作品こそ評価されるべきで、見本どおりの作品を、自分を押し殺してつくったとしたなら、それは優れた作品とは言えないと近藤さん。「もちろん、そうした役割を理解されて授業なさっている先生も多いことでしょう。それでも、まだ足りない。もっと定着して、保護者の方々にも芸術科目の大切さを理解していただく必要があります」アーティストとつながる場そして近藤さんは、学校以外でも子どもたちが芸術に触れる機会をつくってほしいと願う。「もちろん芸術科目の授業数が増えるに越したことはありませんが、どうしても時間的な限界はあるでしょう。そこで、地域や職場、家庭で積極的に補ってあげてほしいのです」。地域で補えることとは何だろうか。今、文化庁長官時代から近藤さんがその取り組みを提唱、推進してきた「アーティスト・イン・レジデンス」が盛んになっている。「二〇一三年、熊本の講演会に招かれまして、阿蘇の雄大な景色を見れば、きっとさまざまな芸術家の創造力が喚起されるに違いない、そうお話ししたところ、同席されていた蒲島知事が反応してくださって、翌年の夏にはもう『アーティスト・イン阿蘇』が立ち上がっていたんです」。二〇一四年は七カ国から七人のアーティストが招かれ、阿蘇に七十日滞在して創作活動を行った。その傍らで、地元の小・中学校で子どもたちを対象にワークショップを行ったり、秋祭りに参加して地元住民との交流を図ったりと、アーティストたちはさまざまな形で地元とかかわった。「海外のアーティストと触れ合うことは、子どもたちにとって大きな刺激となったでしょう。アーティストたちは肌で日本を感じて、日本人の価値観や精神性、つまり日本の『空気』を理解してくれます。そしてそれを自分たちの言葉に翻訳し、海外に発信してくれる貴重なスポークスマンです。そうした彼らの目線を知ることで、子どもたちが自国の文化や芸術についてあらためて気づくことも多かったのではないでしょうか」近藤さんは、インドネシアからイスラム学校の先生方を日本に招待した時のことを、鮮明に覚えているという。「二週間ほど日本に滞在した先生方が、印象深かった比叡山についてこう仰ったのです。『あの山には神々が宿っている。これこそ日本人の心の原点なのだと分かりました』と。一神教の信仰心篤いイスラム教の方が、です」実際に日本に来たからこそ分かることがあり、本物を見て、知って、触れてこそ理解できることがある。それは何も外国人に限った話ではない。私たち日本人でさえも、日本の伝統文化に触れる機会はそう多くない。せっかく世界に認知され始めた日本の伝統文化に、子どものころから触れる機会を設けることが、この先、子どもたちの人としての質の向上に大きく寄与していくだろうと近藤さんは語る。本物に触れられる教科書では家庭では、子どもたちが芸術と触れ合う機会をどのように設ければよいのだろうか。「芸術はハードルの高いものばかりではありません。いいものはいいものとして感じ、触れ、日々の暮らしに取り入れていくことが大切です」。週末に美術館へ足を運ぶ、食卓で先週見た絵の話をする、家族みんなで音楽祭に参加する。決して高尚なことではなく、もっと身近に感じることを第一歩にしてはどうかと近藤さんは語る。「何か一つでも本物の、伝統的で価値あるものを、子どもの身近に置いてあげるといいですね。ものを大切にしようという気持ちとともに、ものを見る目も養われます。伝統の中に今を見いだし、今の中に伝統を見いだす。それこそが『目利き』です。目利きができてこそ、本物のクール・ジャパンですよ」そうした視点で見れば、美術の教科書2 0 1 4年1 1月、「和紙:日本の手漉技術」がユネスコ無形文化遺産に登録された