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概要

形 forme 306号

失敗しても手を動かし、もう一度トライできる。いわば、敗者復活ができる題材を考えたんです」不良は、つまらないと暴れる。でも、その素直さが愛おしい。だから、美術を介し果敢に交わった。そうすれば、彼らも手を動かし、一生懸命返してくれた。そんな彼らには「立体」が合っている。作品の見た目は、少しくらい悪くても、内容は光るものがあるかもしれない。立体は、生徒たち自身のようだった。生徒が特に興味を示したのは郷土玩具のからくり物だった。木こりがノコギリで木を挽き、動物が杵で餅つく昔ながらの木製の動くおもちゃ。それを参考に、生徒と一緒に木や紙で作った。工作は、幼い頃作っていたからお手のものだ。アイデアなら、独自の技法を掴もうと試行錯誤した経験から導きだせる自信がある。多くの「協働作品」が生まれていった。もはや、自分一人のものではない。彼は、自己実現の手段と考えていた芸術の、新たな「術」を見つけだした。まもなく、国立大学の附属中学から彼に声が掛かる。題材研究を押し進めることができると、異動した。新しく提案する教材研究の論文を書き、公開授業で発表。すべてが初めてだったが、ここでも生徒が味方になってくれた。生徒の創作意欲に影響を受け、彼も教師としての勉強をもっとしたいと思い始める。だから、在職しながら大学院に通うことにした。研究テーマは、「工芸学習の視点から捉えた創作玩具」。学問として極めた者のないこの分野を専門的に研究すれば、さらに独自な題材が作れる。生徒たちと、まだ誰も作っていないものを作りたい。中学校では二十年間教えた。その間も、朝五時に起き、絵を描いていた。アクリル絵具に顔料を混ぜた「アクリル顔彩」に、テンペラや油彩を組み合わせた混合技法。毎年のように展覧会を開き、一九八七年には安井賞展に入選、賞候補にもなった。その後、大学に籍を移し博士号も取り、造形教育や「子どものためのデザイン」を学部生や大学院生に教示。彼らを学外展やワークショップなどで積極的に子どもたちと交流させ、社会性のある作り手や指導者に育ててきた。また、教科書編集にも携わり、すべての経験を教育の場にフィードバックさせている。画家、造形作家、大学教授、そこに教科書著者を加えると、誰もが尻込みする肩書きのように見える。彼はどれをも中途半端にせず、並立させながら、今の地位を掴んできた。「一口で自己分析すると、やはりコンプレックスからきているものですよ。人から、春日先生はエネルギッシュですねって言われますけど、実は奥手。自分にとって自信のあるものは、何もなかった。浪人からなにから、私の人生はすべて遅れているんです。でも、遅れていることによって物事が客観的に見える」人生は、自分が望めば、どんな方向にも舵を取れる。もちろん、教師を辞め、絵に賭けてもよかった。彼なら食いぶちを確保しつつ、続けられたはずだ。でも、そうしなかった。なぜなのか?画家としての能力に限界を感じたからではないと思う。芸術家とは、人と違う表現を作ることで自分を立脚させ、歴史に名を残したいと考える人たちのことだ。春日も自己分析したように、コンプレックスをバネにする人間も多い。人がやらないことだけをひたすら探し、それを自分に引き寄せ作品化することだってできる。春日は、芸術家が必然的に武器にしてしまうエゴイズムというものを嫌ったのではないか。同業者と距離を計り、自分にしかできない表現に執着し続ける。彼は、それが本当に自分がやりたいことではなく、芸術の「芸」と「術」を、もっと社会と接点のあることに使いたい。そう考えたのではないか。すなわち、彼は「教育」というものの魅力に気づいたことで、エゴイズムを突き抜けるような喜びを得たのではないか。だが、同時にこうも言えるだろう。彼の中に、芸術家が持たねばならない実験精神があったからこそ、多くの成果を人生で掴むことができたのだ、と。若き頃、画家になると宣言し、志した道の中で、彼は芸術が誇る特徴である実験精神を掴み取った。だから彼は、人からどれだけ遅れようが、自分の道を歩くことができたのだと思う。春日明夫かすがあきお一九五三年、東京都生まれ。東京造形大学教授。同大卒業後、高校、中学で教鞭を執りながら絵画や造形作品を制作。教材研究をきっかけに玩具創作の分野で博士号を取得、現在「子どものためのデザイン」として後進を指導している。長年、教科書編集にも携わる。1127,122,064forme | 306 | 26Nr.06かたちについて、ここで、あらためて。concept & design: Kazuhisa Yamamoto (Donny Grafiks)movie: Daisuke Kitayama (THREE IS A MAGIC NUMBER Inc.)