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概要

形 forme 309号

1126,929,347鶏や花を精巧に描いた着色密画や、象や鯨を大胆に活写した水墨画など奇抜な画風で知られる江戸中期の絵師、伊藤若冲。その独創性がよく現れた技法に「升目描き」がある。『鳥獣花木図屏風』や『樹花鳥獣図屏風』などの屏風絵は、画面全体を方眼紙のように区切り、升目ごとに彩色を施している。一センチ四方の升目は、屏風全体に換算すれば数万に上る。そのひとつひとつを塗りながら画面全体を整えていく描法は、奇想天外と呼んでいい。その升目描きを、現代に蘇らせたデジタルアートが注目を集めている。大型モニター八枚を屏風に見立てた『Nirvana』は、若冲が描いた白象や鳳凰、鳥獣などのモチーフが、ハイビジョンの八倍という高解像度の映像の中を動く。3Dで制作したモチーフを平面上に再構成し、最終的に升目描きに見える映像処理を施す行程は、若冲の技法に匹敵するほどの複雑さだ。制作したのは、チームラボというアート集団。プログラマーやエンジニア、数学者、建築家、CGアニメーターなど情報社会の特定分野の専門家四百人からなる。そんな彼らを牽引しているのが猪子寿之だ。メディアで若手起業家やオピニオンリーダーとしても発言を求められる彼を、アートの作り手だと知らない人も多いかもしれない。「東大卒」のイメージを覆すカジュアルな風貌と、デジタル世界に精通した見地からの斬新な提言が、人びとを惹きつける。彼がコンピュータやインターネットというものに興味を抱いたのは、高校の終わり頃だった。「ネット社会では、誰しも自由に表現し、発信できる。それに対して、世界中の人が自由な意志で情報を見つけることができる。ネットによって、まさに人と人が直接つながっていくわけですよね。歴史上、情報が完全に自由に発信されることはなかったことだし、凄くロマンチックなことだと思ったんです」来るべき社会は、ネットワークやデジタルという概念で塗り変えられた情報社会になる。そう確信した彼は、数学や情報技術の基本を学ぶべく、東大工学部の計数工学科に進んだ。デジタルでのもの作りを目指しながら在学中は手をつけられないでいたが、卒業を機にチームラボを創業。友人たちと作った創造の場は、ウェブデザインなどの仕事を請けながらその一歩を踏み出した。それと並行しアートも作り始める。最初に手掛けたのが、音楽のライブ会場の空間演出だった。ライブのストリーミング放送の視聴者が、それぞれの端末にコメントを書き込む。コメントは瞬時にネットを介し、ライブ会場にプロジェクションされる。最終的に、コメントの文字列は三次元上で樹木のような形をなし、演奏される音楽とともに動くことになる。デジタル世界のもの作りは、サイエンスやテクノロジー、デザインやアートが境目なく入り混じる。だから、自分が面白いと思ったことを形にするしかない。自主的に手を上げたこの企画で、プロジェクションマッピング技術やインタラクティブへのコミットなど、現在も彼らが得意とする技術にも挑戦した。この仕事がきっかけとなり、商業施設のライティング演出などの依頼が来るようになった。またこの時期、若冲の存在を知り、その絵をモチーフにしたアニメーション作品を作った。古典絵画を引用したのは、猪子が日本の美術とその背後にある社会や文化に強い関心があったからだ。「近代以前の世界は、いまとはまったくちがう世界だったわけです。だから、その頃に人類が培った文化的地位も、現代では相性が悪く捨て去られたものが一杯あるのではないかと思ったんです。近代以前の人びとは世界をどう捉えていたのか、そこに興味がありました」猪子は、産業革命が起こる以前の社会の中に、未来の社会を形成するヒントがあると直感した。そこで、若冲作品や洛中洛外図など江戸時代の美術を研究、日本人が独自に持つ空間認識に注目するようになった。伝統絵画に教育プログラム。既成概念を新解釈したデジアルアートは、美術館だけでなくショッピングモールにも進出する。ウルトラテクノロジストなる新たな時代の創造主。束ねる男は、これまで直感で未来を選びとってきた。その核にあるのは、歴史に対する審美眼だ。23 | 309 | forme