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概要

形 forme 310号

この先どうなるのだろうと楽しみながら画用紙に向かっているという。半世紀近くプロとして生きながら、絵を描くことの初心をもちつづけられるのは稀だろう。だが、そんな五味だからこそ子どもたちにシンパシーを感じ、また、彼らをある規範の中に押し込めようとする大人たちに声をあげることができる。「子どもは、きれいな絵の具を塗ると、描く絵もきれいになると教えられる。色の中には、きれいな色も汚い色もすべてあるのにね。要するにハウツー美術になっているんだよ。この作品は誰が何年に描いたって覚えることは、試験にでる絵を知ったっていうだけでしょ。美術がやや価値があるのは、ハウツーがひとつもないところなんだよ。それぞれのハウツーを苦悶するのが面白いわけ。そんなことは教えられるわけがない。自分でやるしかないんだよね。だけど、いまの初等教育をやっているとすべてが方法論になって、劇的な人生に全然ガキたちは行けなくなってしまう」教えられたものではなく、自分が作ったルールに忠実に生きた少年が社会で評価されたことのドラマ。その人生は誰もが成せるものではない。だが、五味は体験的にアドバイスできることがあるという。それは、人間は自分の性格、性質、肉体、この三つを把握することにもっと力を入れるべきだということ。特に自分のような社会との距離を取りあぐねている性格の子どもは、少しでも早く自分を把握した方がいい。そうすることで、社会で生きていくための独自のルールを見いだす機会が増えるのだから、と。五味には、『バスがくる』という絵本がある。どこかの町にバスが着き、さまざまな人が降りてくる。その光景がいくつものバリエーションで描かれ、世界の豊かさを感じさせてくれる内容だ。だがこの本のことを、大人は往々にして「淡々とした」などと評すのかもしれない。五味は、いわゆる劇的な物語を好まない。その裏には、多様性のあるこの世界を、言葉を使って無理矢理閉じこめることをしたくないという強い意志があるように思う。この世界のすべてをわかることはできない。彼は、それを正直に絵にしているだけなのだ。わからないと感じる。それが、想像する自由に結びついていると思う。絵を描き、絵を読むことの想像。それに長けている子どもたちは、世界はわからないがゆえ面白いのだと気づいている。だから、子どもたちは五味の本を何度も手に取り、嘘のないその一枚の絵を隅々まで読むのだと思う。彼の元には、子どもたちからラブレターが届く。そこで子どもたちは周囲の大人に言えなかった心情を吐露する。子どもたちは、この人ならば自分が見た世界の面白さをわかってくれると信用しているのだ。五味太郎ごみたろう一九四五年、東京都生まれ桑沢デザイン研究所卒業。グラフィック・工業デザインのデザイナーとして活動した後、絵本を描きはじめる。四百五十を超える作品は二十五カ国で翻訳され、各国でワークショップも開催。自伝的エッセー『ときどきの少年』で路傍の石文学賞受賞。1127,110,847forme | 310 | 32