ブックタイトル形 Forme 311号
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形 Forme 311号
1126,940,088二〇一五年は、先の大戦の終結から七十年という節目の年だった。戦時を知る世代が減少することでその記憶の風化を案じたのか、メディアは例年以上に体験者の証言に紙面や時間を割いた。そんな中、ある試みをもった作品が発表された。『MONUMENTS』は、原爆ドームや第五福竜丸など、核の遺構を撮影した写真集だ。ひとりの若き作家が負の遺産として形骸化してゆくモニュメントに実際に足を運び、捉え直した記録である。著者は、新井卓。この連載の撮影を担当している写真家だ。作品はすべてダゲレオタイプで撮影されている。ダゲレオタイプとは、一八三九年にフランスで開発された最古の写真術のこと。磨きあげた銀板の表面に直接、写像を印画する。ゆえに、複製することも引き伸ばすこともできない。デジタル全盛の今からは考えがつかないほど原始的な技術だ。その反面、当時から〝記憶をもった鏡?と言われるほど、その写像は圧倒的な解像度がある。「作業を見たことがないので半信半疑でしたね。でも、最初の一枚が運良く写ってくれて。露光不足と現像不足で注意深く見ないと見えない映像でしたけど、もの凄く鮮明で頭を殴られるくらいの衝撃だったのを覚えています。近所の池を撮っただけなんですけど、撮影した内容ではなくて、その映像自体が僕には衝撃的でした」新井がダゲレオタイプに初挑戦した時の話だ。写真史には、〝百六十年前に初めて実用化に成功した?と簡単に触れられるだけで、その詳細を知る者もいない。だから洋書の文献を取り寄せて研究し、とにかく撮ってみたのだ。作業は、骨の折れるものだった。まずは業者に銅板を銀メッキ加工してもらう。できた板を革で研磨。それを木工でつくった暗箱に入れ、感光材として調合したヨウ素などのガスにさらす。撮影後はガスマスクを着用しながら、水銀を熱してその蒸気で現像する。なお、それらすべてを一時間ほどで終えるという制限がある。なぜ、彼はこれほどまでに労力がかかるダゲレオタイプをやってみたいと思ったのか?「何で最初のものにみんな興味がないのか不思議で。人間が初めて映像と出会った瞬間ですよ。十五世紀にカメラが発明されて、ダゲレオタイプにするまでに五百年ほどかかっている。初めて機械的にイメージを定着することに成功したことは、その瞬間、人間の知覚が変わったということじゃないですか。そのインパクトをどうしても自分で体験する必要があると思ったんです」新しく何かを体験をしたいという欲求は、誰もがもつ。だが、多くの人は最新の技術に触れることで満足する。彼は反対に、原始の技術を試したいと考える。それが叶えば、自分が受けた衝撃を人にも感じてもらいたいと思う。作品に昇華しないと満足しない。それが作家という人間だろう。「ダゲレオタイプで何ができるかというと、〝小さなモニュメント?を残すことができるわけですよ。その機能は、過去の人々が直接体験したことを、自分の身を通して学び直すということ。たとえば、原爆を落とされた場所の石に触るとザラザラして気持ち悪い。原爆体験はないけど、石に触ることで感じる異様さを体験したら、それが重要な記憶の憑よりしろ代になるのは誰もがわかると思います。とにかくその人の中に新しい体験として何かが芽生えないと意味がない。ダゲレオタイプはモニュメントとしての複製物でしかないけど、そういう衝動を刺激する力があると思っているわけです」モニュメントを実際に見ることができれば、それに越したことはない。多くの人にとってそれが不可能なら、撮影の失敗も多く、手間をかけても一枚の写真しか生みだせないダゲレオタイプに、〝モニュメントの分身?の役割が担えるのではないか、と考えた。なぜならダゲレオタイプは、対象がある場所のその光によって直接封印された映像ゆえ、唯一無二のモノとしての強さがあるからだ。触れた人は感覚を刺激され、記憶の奥底にあったものを思い出す。また、それが忘れられなくなるほどの知覚体験になり得ることもある―。これは、対象に足を何度も運び、ダゲレオタイプを習得していく中で新井が言語forme | 311 | 30