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概要

形 forme 312号

 今回は、現代美術を扱うとあるギャラリーからはじめたい。東京は市ヶ谷、装飾を排した建物の二階。受付には、『室町バイブレーション』なるタイトルが見える。天井から垂れた紗をくぐったその先、まず目に入ったのは正面の壁に掛かる四枚のキャンバス。白地に墨らしき筆跡で、それぞれシンプルな線が引かれている。一枚は黒塗り。どうやら四枚のコンポジションで壁面を演出しているようだ。 別の壁には、真っ白なキャンバスが二枚。おそらく未完成。他には、額装の小品や着物の女性画、建築物の構造を模したような立体が掛かっている。 当然、これらすべてをつなぐ仕掛けがあるはず。とりあえずメインの四枚がある壁に近づき、高い位置に掲げられた作品を見上げる。と、墨の背後、地の部分だと思っていたキャンバスから形がウワッと現れた。縦に伸びる墨線には、電信柱と電線の群れ。円形の墨線からは、太陽の周縁のようにメラメラと発光するその形が浮かびあがった。 ここで作者の登場。大きなキャンバスを抱えている。昨日で展示が終了し、会期中に描き終わらなかった作品をアトリエに持ち帰り描いていたとのこと。挨拶もほどほどに、白地の部分が新たに図像として立ちあがったことの驚きと、電柱というモチーフの新鮮さを伝える。 「せっかく隠れているわけですから、意外性があった方がいい。尚かつ、腑に落ちた方がみなさんにとっては嬉しい、ということがあるでしょうから」と、笑みを浮かべる。 山口晃、日本の美術界を代表する作家だ。 屏風絵や絵巻などの伝統技法に、現代的なモチーフを混在させるユニークな作風で知られる。〝平成の大和絵師?と呼ばれる彼が緻密に描く鳥瞰図は、百貨店や地下鉄という都市建築に寺院風の屋根や太鼓橋が違和感なくつながり、武士がバイクにまたがり、菅笠の船頭が司る船に会社員が乗る。卓越したその画力で、古今東西の万象を多層化させたエンターテインメント空間を成立させる。 だが、展示された墨の連作、どうやらいままでの作風と趣きが異なる。 「自分が動いて、それによって絵が現れるっていうのは西洋絵画からすると邪道なわけですよね。透視図法というのは見るべき一点が設定されますから。どうしても消失点に正対する位置で見ることになる。向こうの人はキュビスムによってみずからそれを壊していったわけですけども、東洋の絵っていうのは、これが当たり前だった。それなのに、なぜ後追いで日本人がキュビスムをやったんだっていうことがあるわけです。忘れてないか、って」 これまでメディアを通して知っていた穏やかな人柄と軽妙洒脱な語り。23 |312 |forme