ICT・Educationバックナンバー
ICT・EducationNo.18 > p6〜p9

教育実践例
古くて新しい電子黒板
−一斉提示型機器を使ってみて−
東京都立東大和高等学校 杉山 賢次
kenji01@a2.mbn.or.jp
1.はじめに

  本校は,多摩湖のすぐ南にあるのどかな環境に位置する全日制の都立高校です。また,私は生物かつ情報の教員です。今回コンピュータと繋げてインタラクティブな提示ができる大型ディスプレイをお借りすることができましたので,その授業実践の報告をしたいと思います。

2.一斉提示装置について
 学校現場において,どの教室にもある一斉提示装置といえば黒板があがると思います。教師の腕一本,チョーク一本で,限られたスペースをどのように区切り,どの順番で消しながら話を進めていくか,多くの先生方が実践されてきたことと思います。その中でも,色々な工夫が過去にもなされてきました。黒板にハサミで切り抜いたシート状のカラフルなマグネットを貼りながらの授業や,模造紙に描いたカラフルな図や写真を貼り付けながらの授業などです。一方,脱黒板や黒板を補助する装置として,過去に色々なものが出現してきました。

 その筆頭がテレビだと思います。教室に設置されたのは東京オリンピックの頃。NHKの教育放送の放映時間に授業を合わせて見たなどというのは,教員ですら知らない世代がいるほど昔の事。ホワイトボードというのが出てきたのはいつ頃か忘れましたが,これもかなりの昔。OHPなるものは,私が高校生のときに授業で初めて見ましたから,これもうん十年前。16mmフィルムの教材が貸し出されるようになり,映写機操作の免許を取るなどという話も,懐かしい思い出話。「私にも写せます」というCMで8mmフィルムの撮影機が普及したことなど,今となっては昭和の時代の1エピソードでしょうか。家庭用ビデオデッキが普及したのもさほど最近のことではありません。色々な生物関連の番組を授業に合わせて見せられるということで,当時学校にあったオープンリールのビデオデッキを,1本の高価なテープを何度も繰り返し消しながら大事に使ったものです。
さて,色々な提示装置の思い出話から本題に戻します。黒板を電子化する試みは昔からありました。しかし,いまだに教室に君臨しているのは黒板であり,多くの教員が愛用していることは紛れもない事実です。ではなぜいまだに黒板か。それには次のような理由があると考えます。

 提示できるものの大きさ。授業に合わせて提示する時のリアルタイム性。さほど準備に時間がかかららず,操作が容易であるという簡易さ。多くの元気な児童・生徒がいる中に置きっぱなしにしても,また,クーラーもなくグランドの砂埃がどんどん入ってくるような劣悪な環境でも壊れない丈夫さ。耐用年数から割り出した時のコストの安さ。これらの点からの総合評価で,黒板に優る機器がなかったからだと思います。
3.黒板の電子化
 一斉提示装置として圧倒的な優位に立つ黒板を電子化する試みとして,昨今では,コンピュータがその筆頭にあげられるでしょう。しかしながら,コンピュータを使っての授業実践は,決められたコンピュータ教室で,操作に比較的慣れている一部の先生が使うというのが現状ではないでしょうか。ましてや,教科情報が必修になり,他教科の先生方が,自分の授業時間割の中で使いたい時に使えるという環境ではなくなりました。

 私は以前(今もですが),MSXというビデオ出力端子を持ち,片手で持てる8ビットパソコンを電子黒板的に利用したことがあります。これは,実験室や教室でも,TVさえ設置してあれば気軽に持っていって利用できるからです。また,BASICで作った教材も,画像や図を入れてもフロッピーディスク1枚に充分入ってしまうため,ハードディスクなどないこのお気軽パソコンはよく活躍したものです。しかし,いかんせん30インチのTVでも黒板の広さにはかないません。また,授業が進行する中で,こちらが予想しなかった,または事前に準備し忘れたことには瞬時には対応できず,それは黒板で補ったものです。
では,今回使った一斉提示装置について触れたいと思います。
4.機器性能及び使用環境
 この装置は50インチのリアプロジェクションタイプのディスプレイで,入力端子は裏にコンポジットビデオ端子,S端子,音声入力端子,コンピュータ用D-SUB15ピン端子が,前面には裏面と同様の端子類とマイク入力端子があります。さらにUSB端子を持ち,コンピュータに入れたソフトと同期が取れます。従って,単なるコンピュータの大型モニタとしての役割だけでなく,画面がタッチパネルとなり,クリック操作のみならず画面に字や絵などを描くことも可能です。

 この装置は,実験室の黒板と同じ側に設置しました。50インチのディスプレイは,実験室の一番後ろの席でも充分提示に耐えられる大きさと明るさです。これにコンピュータ,ビデオデッキ,提示用ビデオカメラ,テレビ顕微鏡を繋いであります。

5.使用例

(1)大型テレビとして

 従来良く使われる大型のテレビとしては,講義内容に関連したビデオ教材を提示したり,実験実習時に操作説明のためにビデオカメラで拡大して手元を見せたり,顕微鏡画面を直接見せながら顕微鏡観察の際の諸注意や観察ポイントなどを示したりしました。

(2)ディスプレイモニタとして

 前述のようなテレビモニタ的な使い方に電子黒板のような要素を組み込む方法は,以前から行ってきました。MSXパソコンを大型テレビに接続し,プレゼンをするような場合です。しかし,この装置が従来のものと異なるのは,事前に作った提示教材に直接その場で書き込みができることです。

 8ページの提示画面1は,生物の分類のところで,腔腸動物がビニール袋のように出入りするところが一個所である,ということを補足説明するために,その場で図を書き込んだものです。

提示画面1
▲提示画面1

 提示画面2は,植物の芽がなぜ光に向かって伸びていくかという屈光性のしくみを学ぶ授業の時のものです。過去の科学者達が試行錯誤しながらしくみを解明していった過程を,アニメーションを使って疑似体験しながら,一緒に仮説をたて検証実験をし,考えていく授業の時に使用したものです。

 これも同様に,授業中に注目して欲しい場所にその場でアンダーラインや赤丸をつけながら話を進めていきました。

 画面左上にツールアイコンがいくつか並んでいますが,ここでペンの太さや色,また蛍光マーカーのようなものまで選べ,また一般のペイントソフトのように図形やキーボードからのテキスト入力も可能です。よって,事前に何もプレゼン画面を用意していなくても,その場でそれこそ黒板のように書き込むことも可能です。かつ,これらの画面は自動的に保存されるため,前の板書に戻ったり,事前に書いておいてさっと提示したりすることができます。
また,このディスプレイに表示される画面はキャプチャされるため,写真の上にも書き込みが可能で,顕微鏡カメラなどの使用時にも利用しました。

提示画面2
▲提示画面2

 提示画面3はその時のものです。タマネギの細胞分裂を見る実験で,生徒が分裂像をなかなか発見できない時,見分けるコツを教える際に,彼らが顕微鏡で見ているものと同じ画面で説明しました。

 ただし,この場合は一度コンピュータに取り込むため,リアルタイムに行うにはコンピュータ側にビデオキャプチャボードが必要になります。

 もちろん,スルーで提示する場合は,ビデオ端子に繋ぐだけです。

提示画面3
▲提示画面3

6.電子黒板の可能性

 先ほど,授業に合わせて提示する時のリアルタイム性を黒板の利点としてあげました。これはただの大型ディスプレイでは困難です。一般のプレゼンツールでは事前に準備した範囲内の内容はクリックしてさっと出すことは可能ですが,それ以外の時には対応できません。その点,この装置はタッチパネルの良さを活かし,直接,提示画面に書き込めます。つまり,普通の黒板同様,生徒とのやり取りの中で変化していく授業にも耐えうる提示装置だということです。

 また,その場で書き込めるということは,プレゼン画面は事前に完成した形で準備する必要はなく,気軽に扱えます。例えば,写真や図だけを予め入れておき,講義中に提示しながら,そこに字やマーカーなどを書き込むといったような使い方で,その分操作が容易で,黒板のように誰でも使えるのではないかと思います。この応用で大まかな講義の流れの画面だけを入れておき,それを見ながら授業中に補足事項を加えていくといった,覚え書きの入った講義ノートのような役割も持たせられます。

 また,生徒に配布したプリントと同じワープロ画面を出し,その場で書き込みながら解説をしたり,ハイパーリンク機能を活かし,その場で関連した画像や動画などをディスプレイ上でクリックして表示したりするといった,非常にわかりやすく直感的な授業ができました。

 難点をあげれば,まだ黒板と比較すると提示面積がかなわないということです。そのため,ノートをとるのが遅い生徒に,前の画面を残しておくことができず,次の画面へ切り替えるタイミングに注意が必要です。ただし,記録された書き込み画像を紙芝居のように前へ戻せば多少は解決できます。また,この機能によって,授業の記録ノートが自然にできあがり,講義内容の反省や改善点の検討などに役立ちました。さらに,紙に書かれた記録ノートと大きく異なり,電子データのため,なおしたものがすぐに別のクラスに反映でき重宝しました。

7.最後に

 一人一人が個々のパソコンと向き合い,生徒が能動的に動いていくコンピュータ室での授業も魅力があります。それは,情報の授業でも充分感じています。しかし,ややもすると生徒が個々のディスプレイを見て進めていく形態ばかりに目が行き,今までの授業形態が軽視されることに危惧を抱いています。生徒が先生の顔を見て,また,先生が様々な生徒の反応を感じ取りながら進めていく授業というのは,これからも必要だと思います。人と人とがそれこそ情報を教室内でやり取りし,インタラクティブに授業を進めていく。この大昔から現代までも行われている一斉講義の手法も大切だと考えます。ちなみに,提示画面2の屈光性のしくみは,各自がクリックして実験が進むように作ったものですが,生徒たちの理解度を見ながら,生徒からの予期しないような考察を一緒に検討しながら進めていった方が効果的と感じ,一斉提示方式に変えました。

 生徒が個々にパソコンを使う授業形態よりも,黒板を電子化する方が,先人達が築いた講義手法の蓄積が活かせるばかりでなく,より多くの先生方に普及しやすいと思います。ですから,これを行う上で大きな役割をはたしている一斉提示装置のインフラの整備が早く進んでいって欲しいと願っています。パソコンも一斉提示装置もしょせん文道具の一つ。それを使う人間が時と場合に応じて選択すれば良いのであって,それを自由に選択できる環境作りが,未来の日本を背負う人材を抱えている教育現場に推進されていくことを強く望みます。最後に,このようなインフラを整えてくれた関係諸氏と学校現場に,この場を借りて御礼申し上げます。

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