ICT・Educationバックナンバー
ICT・EducationNo.22 > p1〜p5

論説
教科「情報」に統計教育の視点を取り入れよう
山梨大学教育人間科学部 成田雅博
1.はじめに

 教科「情報」の実践がはじまり,コンピュータ等の情報機器を活用した実践が行われている。教科情報の授業のデータの処理,情報表現や総合実習等において,多くの教科書で取り上げられていることもあり,アンケート調査を行う実践が多く行われている。調査票を作り,回答してもらい,その結果をExcelなどの表計算ソフトウェアを使って集計・グラフ化して,PowerPointなどを使ったプレゼンテーション・スライドに取り込んだり,Webページを作ったりして,授業中に発表したり,校外の人に見てもらったりすることが多く行われている。これは,自分の興味・関心のある身近な題材を使って情報を適切に収集・処理・発信することをねらっているのである。

 さて,ここで教科書を見てみると,アンケート調査の手順が説明されているが,その多くは回収された回答を表計算ソフトウェアに入力した後,いかにして見やすく,美しく,魅力あるグラフを作るか,という事項に偏りすぎているように思われる。アンケート調査を行うということは,統計手法を使い適切な方法を用いて現象を数量的なデータとして入手し,目的に応じた最適な手法を適用した上で,他の情報と総合して十分に分析し,一応の結論を出し,さらに別の観点から統計調査を行ったり個別の事例について質的な調査を行ったりしていく営みである。この一連の過程で,手順や処理を間違うとアンケートの処理によって得られた「結論」の信憑性が損なわれることが多いことが指摘されている。たとえば,古くは,ダレル・ハフ著.高木秀玄訳(1968).「統計でウソをつく法−数式を使わない統計学入門」講談社ブルーバックスB-120をはじめ,最近でもいくつかのわかりやすい本がでている(たとえば,谷岡一郎(2000).「「社会調査」のウソ−リサーチ・リテラシーのすすめ」文藝春秋)。

 そうであるにもかかわらず,正しいアンケート調査を行うための具体的な手順やその基礎となる統計の知識・技能についてあまり触れられていないのは,価格やその他のさまざまな原因のために,教科「情報」の教科書の紙幅に制限があること,学習指導要領が教科情報においてはあまり数学的な内容に深入りしないよう求めていることが原因にあるように思う。しかし単純に何の方法論も持たずに,たまたま出会った人「100人にききました」のようなアンケート調査をしてデータを得たとして,そのような偏ったデータをもとにどんな高級な統計手法を使っても,美しいグラフをかいて立派なプレゼンテーションをしても,調査結果は真実ではなく,結果として人をだます方法を教えていることになる,とまで言うのは言い過ぎであろうか。統計的な知識なくして,アンケートを適切に処理できるのだろうか。

2.統計教育の重要性と現在のカリキュラムにおける扱い
 このような事情は,教科「情報」に限らず学校における教育全般についても言える。従来,統計に関する教育は,初等中等教育においては,主に教科「算数」「数学」と「社会」「公民」において指導されてきており,必要に応じて「理科」「保健体育」や特別活動等において行われてきた。

 だが,現象からなんらかの適切な方法で数量化し,そのデータからパターンを見出し,法則を導き出す支援をする科学としての統計手法や統計の考え方の指導は十分とは言えない。そのために,アンケートやインタビュー等の調査の際誤った手順が使われたり,またそのような調査報告を批判的に吟味する力がついていなかったりするのが実情であると推測される。また,IEA(国際到達度評価学会)やOECD-CERI(経済協力開発機構・教育研究革新センター)の数学に関する調査などから,わが国においては数学と社会との関わりについての教師の指導の効果は弱く,子どもたちの理解が不足していることが指摘されている。また,NCTM(全米数学教師協会)の「Standards for School Mathematics:Data Analysis and Probabilities」等では,数学と社会との関わりや確率・統計について学習することの重要性が指摘されているが,わが国の学習指導要領では統計に関する内容は非常に少ない。高等学校教科「数学」について見てみると,選択科目「数学C」の中の選択しなくてもすむ単元として入っているだけである。他教科においても,統計的な見方・考え方を教育内容として十分にもりこむような記述が十分には入っていない。
3.教科「情報」の目標・内容と統計教育
 上記のように他教科では統計的な見方・考え方を育成できるようにはなっていないが,今一度統計との関わりという点から,教科「情報」の目標・内容を見てみよう。教科「情報」は情報教育の中核をなす教科であり,その教育目標は情報活用能力の育成にある。しかし,その教科「情報」の目標・内容の中には,統計教育と関連の深い事項が多いのである。たとえば,学習指導要領の教科「情報」に関する以下の記述は,統計教育と関連していると言ってよいであろう。

●科目「情報A」目標

 コンピュータや情報通信ネットワークなどの活用を通して,情報を適切に収集・処理・発信するための基礎的な知識と技能を習得させるとともに,情報を主体的に活用しようとする態度を育てる。

●科目「情報B」目標

 コンピュータにおける情報の表し方や処理の仕組み,情報社会を支える情報技術の役割や影響を理解させ,問題解決においてコンピュータを効果的に活用するための科学的な考え方や方法を習得させる。

●科目「情報C」内容

(1) 情報のディジタル化
ウ 情報機器を活用した表現
 情報機器を活用して多様な形態の情報を統合することにより,伝えたい内容をわかりやすく表現する方法を習得させる

(3) 情報の収集・発信と個人の責任
イ 情報通信ネットワークを活用した情報の収集・発信
 身のまわりの現象や社会現象などについて,情報通信ネットワークを活用して調査し,情報を適切に収集・分析・発信する方法を習得させる。

 どの記述の中にも「統計」という言葉は入っていないが,「情報を適切に収集・処理・発信」するためにアンケート調査を行う実習をすれば,それは情報活用能力の目標のひとつ「情報活用の実践力」において記述統計の諸手法を理解したり,正しくその技法を使う技能を育成したりすることにつながるし,「問題解決においてコンピュータを効果的に活用するための科学的な考え方や方法」の中には,記述統計に加え推測統計の手法の理解も教育内容として含まれ,統計を正しく適用する能力「統計リテラシー」の育成が入ってくると考えるのは自然なことである。また,情報活用能力の目標のひとつ「情報の科学的な理解」の中の「モデル化とシミュレーション」でとりあげる数理モデルのうち,現実のお客の到着の仕方は,確率モデルであらわされるので,そのようなモデルを分析したりシミュレートしたりするときには統計の知識も必要となる。

 また,直接カリキュラムと関係するわけではないが,2000年度から3年間にわたって各都道府県教育委員会が主催し,数学,理科,工業,商業等の教科の教員免許を所持する教員に15日間の講習を実施し,所定の水準のレポートを提出し認められた者に対して,教科「情報」の教員免許を授与した「教科「情報」教員等研修」のテキストにも統計教育がとりあげられている。それは「情報活用の基礎−情報の表し方−」の章の「2 内容」である。その中の「(2)データの種類と表現方法」では,統計的データの分類(比例尺度,間隔尺度,順序尺度,名義尺度)が説明されており,「(3)アンケート調査の計画・調査用紙の作成」では,生徒の情報モラルに関しての解説がある。
4.統計教育のすぐれた実践,教育内容・教材
 わが国においては,実質的に高等学校が多くの人たちにとってこのような統計手法についてある程度体系的に学ぶ最後のチャンスである。統計学の基礎は数学にあるとしても,統計学は数学に完全に含まれるわけではなく,自然現象,社会現象等に関して,数量を用いて当該分野におけるある仮説の真偽に関して正しい情報を抽出する探究方法のひとつであり,現象に関する複数の変量間の相関やパターンを見出したり,そのパターンの特異性(よく見られるパターンなのか,変量間になんらかの関係がないのならまれにしか見られないめずらしいパターンであって,変量間に関係がある,と考えた方が自然なのか)を判断したりする方法を提供する学問である。そのような意味では初等中等教育における統計に関する学習は教科「算数」「数学」等のひとつの教科内にはおさまらない教育内容をもっていることになる。そうであるからこそ,以前から力のある教師たちは,ひとつの教科の中だけではなく合科的な扱いによって,すぐれた統計教育の実践をしてきている。たとえば,そのようなすぐれた実践については全国統計教育研究大会などで報告されたり,雑誌「統計教育研究」に掲載されたりしているほか,全国統計教育研究協議会が1988年に出版した「統計教育の新しい展開」や1999年の「統計情報教育の理論と授業実践の展開」(いずれも筑波出版会)にも掲載されており,Webでは,http://www.sinfonica.or.jp/annai/statedu/contents/2-3.htmに事例が載っている。このようなすぐれた実践事例を「これは数学の実践だから」とか「これは理科だから」とか「社会科だ」といった決め付けではなく,「これをアレンジして教科情報でやってみると,情報の適切な扱いの教材になるな」といった目であらためて見ていただきたいと思う。
5.教科「情報」で統計の教育内容を
 高等学校では2003年度から実施されている学習指導要領において,各教科における実施時数が削減され,また教科で教えるべき教育内容も少なくなっており,上記のような統計に焦点をあてた実践を実施しにくい状況となっている。このような状況を背景に,教科「情報」の学習指導要領を見ると,「情報の科学的な理解」の中の「情報表現」と「モデル化とシミュレーション」において,以前からすぐれた実践が行われてきた統計教育を活かせる場面が多いことに気づく。

 たとえば,Excelなどの表計算ソフトウェアを使ってアンケート調査を行う実習が「情報表現」の実践例としてよくとりあげられるが,統計教育においては,まず,何を明らかにしたいのかを分析し,仮説をたて,それが正しいか否かを判定する材料とできるよう,アンケート調査の設計にとりかかることが最初の作業となる。次に対象とする集団を母集団とし,母集団をよく代表するように,無作為抽出などの手法を使って標本(サンプル)を取り出す。調査項目に関する質問文は,あいまいな表現や答えにくい表現を排し,あとで公正な分析ができるような回答の選択肢をつくり,少人数の人たちに予備調査をして,問題点を改善してから本調査を行うようにする。そして調査自体を行った結果の生データは「ダートな」部分をクリーニングし,その後にディジタル化する。データのクリーニングについては,入力ミスのチェック(特にケタずれに注意),論理矛盾のチェック(クロス集計等),極端な外れ値の除外・標本集団の分割などを行う。

 このような地道な作業については,ぜひ教科書でくわしくとりあげてほしいものである。いったんデータが「きれい」なものになれば,次は探索的データ解析等で開発されているような種々のグラフ化・可視化手法を使ってデータのパターンがわかりやすい形にしていく。その後,必要に応じて,数理統計学で開発された統計手法を駆使して,統計的に有意な結果が出るかどうかの計算を行い,最後に当該の領域・分野の他の既知の結果と照らし合わせて,妥当と思われる判断を下し,必要とあれば別の統計調査やあるいはインタビューや観察(参与観察なども含む)をさらに行っていく,という一連の流れになっていく。このような科学的な探究方法を教科「情報」の中で活かしていただきたいと思う。単なる思いつきによるアンケート実施・Excelのワークシートへの打ち込み・グラフウィザードによって見栄えのする美しいグラフ描画・軽薄な考察による結論づけ,という実習は避けてほしいと思う。

 統計や統計教育に関しては,過去に「統計は万能である」といった誤った認識があり,その反動として統計を使った分析はすべてまやかしである,という行き過ぎがあった。しかし,そのどちらも正しくはなく,統計手法を適切に使うことを教えていくことが重要である。それと同時に,新聞やテレビ等で流される「科学的な研究結果」について,その研究では統計手法が正しく使われているかどうか,批判的に見ること,言わば統計リテラシーとでもいうべき能力を身につけ,統計の効用と限界を知って,統計情報を正しく活用できる人を育成していきたいものである。
6.まず教師が統計についての正しい理解を身につけよう
 そのためにはまず教師に,統計手法の理解を深めていただきたい。数学の免許をもっている教師でさえ,統計の手法についてはあまり知らないことが多い。それは,大学の数学関係の学科や教員養成課程では数学について学ぶ機会はあっても,統計について学ぶ機会が少ないからである。また,教育分野における研究の方法論のひとつとして統計を学んでも,統計という手法を自分が教える,とは念頭におかずに学んでいるのではないだろうか。数学以外の教師はさらに統計に疎い。このような状況であるから,各地で行われるようになってきた教科「情報」の教師たちの研究会や授業研究会などで,統計リテラシーをテーマにした研修の機会を設けていただきたいと思う。このようなとき,統計に関する教材を考えるにあたって,たとえば,以下の本が参考になる。

 F.モステラー,W.クラスカル,R.リンク,R.ピーターズ,G.リージング著,村上正康監訳(1979・1980),「やさしい例による統計入門」(上・下),培風館

 この2冊の本では,実際にデータをさまざまな手法で分析する必要に迫られた興味深い例が取り上げられている。その目次を以下にあげておこう。

第Ⅰ部 データをまとめる
1.人口データのまとめ方と読み方
2.家族調査−家族とその構成員の特性
3.バスケットボールでの得点と反則
4.グラフによる方法の例
5.子供の数と平均
6.大学対抗フットボールの得点
7.テーブルへのすわり方
8.ビールの味覚テスト
9.トーマス・ペインと社会保障
10.しょうじょうバエ

第Ⅱ部 データをまとめる
1.チャンスをはかる
2.乱数とその使い方
3.ワールド・シリーズは何試合で優勝が決まるか
4.小石の分類,2項分布について
5.合衆国での黒人と白人の生存数
6.カイ2乗検定入門
7.2種類のアメーバによる感染の独立性
8.標本の大きさとは
9.周期性と移動平均
10.初期の選挙速報から選挙結果を予測する

第Ⅲ部 パターンをさがす
1.ワールド・シリーズの結果を予測する
2.正規分布について
3.ポンドバナナ箱の重さはいくらか
4.スーパーでの買物と中心極限定理
5.電算機シミュレーションによる分布
6.敏感な指と欠陥ブラウン管
7.消えた女性陪審員
8.直線への変換
9.重力加速度の測定
10.ホッケーリーグの正しい順位(予測と相関)

第Ⅳ部 モデルをみつける
1.徴兵くじの無作為化
2.DNAの放射線破壊を研究する近似確率モデル
3.野生動物の総数の推定
4.犬の学習実験
5.パイの皮
6.2項分布のポアソン近似
7.航空写真による地質図の作成
8.中古の天体望遠鏡をいつ買うか

 これらの本や適切な統計教育の本に紹介されている題材をもとに,数学的な扱いを減らし,データをもとにした計算に関する作業をコンピュータに代行させ,ここで取り扱われている統計情報の適切な扱いについての振り返りを行うなどのアレンジを行うことによって,教科「情報」で扱うにふさわしい教材作成が可能になると思われる。
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