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ICT・EducationNo.31 > p1〜p5

教育実践例
ICTでつなげる「活用型」の学び
文教大学 今田 晃一
1.はじめに〜大学における18年度問題より
 平成18年4月に,はじめて高校で「情報科」を履修した学生が入学してくる。そのため,従来の入学生に対する情報教育のカリキュラムを再構築しなければならない。これが,大学における18年度問題である。本学ではこの4年間,全入学生に対して,高校までの情報教育の履修状況に関する様々な事項についてアンケート調査を行い,診断的評価およびカリキュラム改善の資料として活用してきた。このアンケートは入学時の最初の授業で実施するため,回収率は100%であり,被験者は真剣に答えるために,自由記述なども信頼性の高いものが得られる。その結果の一部を紹介する。図1は,浪人生を除いた情報科の履修内容の割合である。情報Aが56%に対して情報BおよびCがそれぞれ16%であった。情報BとCの合計が30%以上であったことは,我々大学教員にとっては思いのほか高い数値であった。

▲図1 文教大学入学生における情報科履修内容の割合

 情報Cでは学校によって様々なテーマを設定し,インターネットなどを用いて資料を収集し,まとめてプレゼンテーションソフトを用いて発表するという形態の学習がほとんどであった。情報Bについては,2進数の意味やシミュレーションなどの高度な内容を学習しており,試行されている情報科の入学試験に対応した学習が確実に進められていることが確かめられた。
 ところが,調べ学習等については,「高校の情報は,中学校の技術科で行ったWebページづくりやプレゼンテーションとまったく同じであった」「小学校の総合学習で取り組んだ環境に関する調べ学習が今まで一番すごかったし充実していた」などの意見が多く見られた。もちろん,教員は校種に応じて様々な工夫をしている。しかし,情報教育で身につけさせたい情報活用能力は,形態的には問題解決的な学習,内容的には校種や教科にまたがり,なおかつ総合的な学習の時間とも関連が深いため,学習者の側にとっては逆転現象ととらえる事例が数多く存在することがアンケートの結果から明らかになった。本学ではこの結果をもとに,とりあえず平成18年度の教員養成系における1.2年生対象の情報教育(必修)をどのように改善していくのかを緊急に検討し,今年度から実施している。本稿では,その中から特に高校情報科における逆転現象(下位の校種ですでに充実した学習を経験)にも応用が可能と思われる留意点についていくつか紹介する。
2.審議経過報告より
 本学は教育学部として教員養成を想定しており,情報教育のカリキュラム作成にも常に新しい教育課題に留意している。平成18年2月に中央教育審議会初等中等教育分科会教育課程部会では,次の学習指導要領の改訂に向けて「審議経過報告」が示された。この報告から教育の内容,方法をさらに改善,充実させることによって現行の「生きる力」の育成を維持し,さらに徹底させる方向であることが読み取れる。特に注目すべき点は,筆者なりに以下の3つであると考えた。
 1つは,各教科等で「言葉」や「体験」などの学習や生活の基盤づくりが重視された点。もう1つは,各教科等を通して横断的に育むべき能力として以下の4つを示したこと。
(1)感性に基づいて情報を処理する力
(2)理性に基づいて情報を処理する力などを通じて,体験から知識・技能を獲得し,深め,実際に活用するための基盤となる力
(3)知識・技能を実際の生活や学習において活用する力
(4)課題探究や創意工夫をすることで,課題自体を発見したり,課題を解決したりする力
 最後の1つは,基礎的・基本的な知識・技能を確実に身につけさせる「習得型」の学びと,問題解決的な学習に代表されるような,実際に探求し考える力を養う「探求型」の学びに加えて,「活用型」の学びが新たにつけ加えられた点である。「活用型」について記述された別の箇所を以下に示す。
習得と探究との間に,知識・技能を活用するという過程を位置付け重視していくことで,知識・技能の習得と活用,活用型の思考や活動と探究型の思考や活動との関係を明確にし,子どもの発達などに応じて,これらを相乗的に育成することができるよう検討を進めている(審議経過報告,2 教育内容等の改善の方向,16頁)
 この審議経過報告では,今回はじめて提示された「活用型の学び」と,8回もの記述箇所がある「感性」に注目したい。活用型の学びついては特に詳しくは説明されていないが,習得した知識・技能を学習者の身近な生活や課題と関連させて考えさせるより適切な場を設定することが授業者に求められているととらえた。すなわち,新しい学習指導要領では,学習者に感性(視覚,聴覚,嗅覚,味覚,触覚などの五感や価値あるものに気づく感覚)を意識させ,生活に密着した学ぶ必然性を実感させるような学びを創出することが授業者により明確な形で求められるであろう。そして,この活用型の学びの中心になるものがICTだと考えられる。単なるコンピュータの知識やスキルの習得ではなく,「活用型の学び」の中心的な役割を果たすICTの在り方の検討こそが,これからの情報教育の中心となるであろう。図2にそのイメージ図を示した。

▲図2「活用型の学び」の中心的な役割を果たすICTのイメージ図
3.本学における平成18年度情報教育改善の留意点
(1)ウェブアクセシビリティにすぐれたWebページづくり
 大学生ともなれば,高校までにすでに1回はWebページづくりを学習してきている。しかし,本学ではここで,さらにウェブアクセシビリティにすぐれたWebページという視点から取り組むことにした。高齢者なのか,色覚特性なのか対象の人をはっきりさせて,それらの人のためになるWebページづくりという視点であれば,学習者は学ぶ必然性を感じながら取り組むと考えたからである。状況の設定により,ICTに知識・技能と生活における必然性とをつなぐ役割をもたせるという発想である。ウェブアクセシビリティについては,総務省がウェブヘルパー(図3)を提示し,自身のWebページのアクセシビリティを得点化するということも1つの動機づけとなったが,同じく総務省が提示しているウェブヘルパー点検表(2004年7月21日作成)※注1を参考にし,項目を確認するだけでも十分である。ここでは9つの領域(規格および仕様,構造および表示スタイル,操作および入力,非テキスト表示,色および形,文字,音,速度,言語)において,全92項目について示されている。図4に点検項目例の一部を示す。

▲図3 ウェブヘルパーのトップページ画面

非テキスト表示情報(抜粋)
すべての画像(IMG)に代替テキスト(alt)が用意されているか
画像が重要な情報を伝達し,その代替テキストがある場合はlongdesc属性やDリンクが加えられているか
画像(IMG)の代替テキスト(alt)が場所取りテキストになっていないか
imageタイプのINPUTで代替テキスト(alt)が正しく用意されているか
クライアント側イメージマップの各作動領域にテキストリンクを作っているか
サーバー側イメージマップの各動作領域にテキストのリンクを作っているかイメージマップのすべてのホットスポットには代替テキストリンクが用意されているか
リンクボタンは,識別しやすく操作しやすくすること
リンク画像には,リンク先が分かる代替テキスト情報を提供すること
画像には代替テキスト情報を提供すること
自動的にページを更新したり,別のページに移動したり,新しいページを開いたりしないこと
▲図4 ウェブアクセシビリティ点検表に見られる点検項目の事例

(2)音(聴覚)を対象とした情報処理
 次に,感性に留意した情報教育についての実践事例を示す。高校生には音楽に興味を示すものが多く,フリーのMP3を素材として活用した実践は多く行われている。しかし,音そのものを分析し,それを実生活に生かすという発想は,活用型の学びとしてのICTとしてこれからの分野だと考えられる。筆者らはこれを,風鈴の音を分析する,自作のレイン・ツリー(雨の音がするペルーの楽器)づくりで雨の音に近づけるための科学的な参考資料として実践した※注2。使用したソフトウェアは,音声ファイル編集フリーソフトである「SoundEngine」(図5)である。これはWAVEファイルの音質を補正できる音声波形編集ソフトウェアで,44.1kHz16bitのステレオまたはモノラル形式のWAVEファイルを読み込んで,レゾナンスやハイパス・ローパスなどのフィルター効果を与えられる。フィルターの強弱を変更するつまみが用意されており,音を再生しながら波形を微調整できる。このソフトウェアは,レジストリの書き換えも不要であり,非常に使いやすい。

▲図5 音声ファイル編集ソフト「SoundEngine」の操作画面

(3)におい(嗅覚)を対象とした情報処理
 次に,におい(嗅覚)についての情報処理の実践について紹介する。感性の中でも,におい(嗅覚)についての科学的な処理を行い,生活に生かすという実践はまだないのが現状である。そこで筆者らは,日常生活におけるにおいの影響について,Excelを用いて生体反応として視覚的に表現する簡易的な方法を開発し,実践した※注3。これは左右のこめかみにセンサーをつけて,眼球運動(EGO)による角膜網膜電位の分圧を記録する簡易な方法であるが,図6に示すように,無臭の状態(20秒)の後に杉の木のにおいを嗅がせ(20秒),その後に再度無臭の状態とする。すると木のにおいによって,被験者は鎮静的な効果(実験値が下がると鎮静的と設定)を現し,その後もしばらくその状態を維持するという木のにおいによる鎮静効果の仮説がはっきり証明された。においについては,今後この方法で様々な実験が可能となり,ICTを用いた活用型の学びとして,生活への応用の可能性が期待できる分野である。

▲図6 木のにおいによる鎮静効果の実験結果

4.まとめ−活用型の学びとしての博物館の可能性
 以上のように,感性に留意した活用型の学びへのICTの利用例として,ここでは3つの視点を紹介した。これらは現在のところ大学の新入生など,基本的な情報活用能力を身につけた学習者へのさらなる動機づけとして,それぞれ個別に実践しても有効であると考えられる。しかし実をいうと,これらの個々の実践は,学校教育における博物館利用という大きなプロジェクトの中で必然的に生み出されたものである※注4。平成15年末に学習指導要領の一部が改訂され,博物館との連携が示された。その抜粋を以下に示す。
総則(4)…学校図書館の活用,他の学校との連携,公民館,図書館,博物館等の社会教育施設や社会教育関係団体等の各種団体との連携,地域の教材や学習環境の積極的な活用などについて工夫すること。
 連携とは,双方がそれぞれのよさを生かすものでなければならない。しかし,実際には学校は博物館を調べ学習の対象としてしかとらえていない場合が多い。それは博物館が最も嫌うところであり,学習者には特に展示資料の解説を写すことに時間を費やすのではなく,もっとモノをじっくり観てほしいと常にはがゆく思っているのである。博物館は,博物館独自の学びとして,モノが発するオーラを感じてほしい,モノから感じる力を身につけてほしいと願っているのである。学校方式の学び,博物館方式の学び双方の特徴をそれぞれが理解することが重要である。双方の特徴の対比の一部を表1※注4に示す。
項目 学校式教育 博物館式教育
対象者 発達段階に応じた継続性のある同年齢の集団。 年齢不問であるので,家族利用,生涯学習にも対応する。
学習の単位 基本的には個人であるが,グループや学級という全体に拘束される。(イメージ)組織としての学校 個人や主体であり,集団や全体に拘束されない。(イメージ)個人としての児童生徒,教員
テーマ選び 学校としての大テーマをもとに,各個人またはグループで,興味・関心に応じて決めていく。組織的,計画的である。 個人の興味・関心に応じて決めることができる。個別的,選択的である。
総合的な学習の時間における主な役割 調べ学習とその発表の場として,設備等も含めて適している。直接体験の場が少ない。学習の対象に対する専門家が少ない。 必ずしも調べ学習に適した場ではない。五感を使って自ら感じとる学習に適している。資料に接し,ものの見方,感じ方,学び方を学ぶ。
 ▲表1 学校と博物館の学びの比較

 このように,双方のよさを生かそうというプロジェクトの中で,感性に留意した情報教育の発想が必然的に生まれてきたのである。博学連携の中で,ICTが重要な役目を果たしてきたイメージを図7に示す。

▲図7 博学連携のイメージ図

 以上のように,今後の充実した情報教育では,学習者が学ぶ必然性を実感するための適切な状況の設定がますます求められると考えられる。今後ICTは,様々な人,モノ,コトをつなぐ活用型の学びの中心的な役割を果たしていくことが期待されており,その前提となる状況の場としての博物館には大きな可能性を実感しているところである※注5。今後も博物館利用という状況設定の中で,感性に留意したさらに有効な情報教育の学習プログラムを開発していきたい。
※注1 ウェブヘルパー点検対応表
http://www.aao.ne.jp/accessibility/docs/web_jis2/taiou2.pdf(2006.8)
※注2 研究代表:今田晃一「博物館におけるハンズ・オン教材学習プログラム開発」
平成16年度〜17年度科学研究補助金基盤研究(C・2)研究成果報告書,pp107〜116(2006)
※注3 今田晃一・木村慶太・青木務「木のにおいが眼球運動に及ぼす影響」
第56回日本木材学会大会発表要旨集,感性部門,p40(2006,8月)
※注4 研究代表:森茂岳雄「国立民族学博物館を活用した異文化理解教育のプログラム開発」国立民族学博物館調査報告56(2005)
※注5 今田晃一・木村慶太・青木務「教育メディアとしての博物館の可能性」文教大学教育研究所紀要,No1,p.49〜p.57(2005)
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