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ICT・EducationNo.40 > p20〜p23

教育実践例
模擬掲示板システムを用いたネットモラル教育の指導
帝塚山学院泉ヶ丘高等学校 糸川 潔
kiitokawa-lj@infoseek.jp
1.はじめに
 本校は大阪府堺市にある中学を併設した男女共学の私立の高校である。高校には,付属中学からと公立中学から約120名ずつ入学する。本校は,大阪市にある大正7年創立の帝塚山学院を母体とし,昭和58年に創立された。私は情報科の教諭として,情報科が開設された時(平成16年)より本校の情報科教育を一人で担って,今年で6年目になる。情報科は高校1年で週2単位である(必修)。昨年及び今年授業を通じ,下に述べるような模擬掲示板システムを用いて,ネットモラル教育を実践した。以下,その報告である。
2.ネットモラルと掲示板
(1)現在の生徒を取り巻く環境

 これを読まれておられる諸氏もご承知の通り,現在いわゆるネットいじめが新聞等で多数報告されており非常に重大な社会問題となっている。例えば,インターネットの掲示板・学校裏サイト・携帯メールを用いて,執拗に誹謗中傷の文章を打ち込み相手を困らせる卑劣な行為である。これを苦に,昨年も学校現場等でいくつかの事件が起き,今年も現在までいくつもの事件が新聞等で報告されている。非常に残念なことであるが,いつ何時でも,どこの学校でも,ネット・携帯を利用した大変な事件が起きないとも限らない。このような卑劣なネットいじめ・メールいじめを防ぐため,早急に有効な手段を考えなければならない。この点に関して,我々情報科の教員は,非常に責任ある立場であると認識せねばならない。

(2)このシステムの趣旨

 筆者は生徒にネットモラルを指導する時,常に「キーボードとディスプレイの向こうの人間を思いやる」ことの大切さを強調している。すなわち,「生徒がネットの掲示板や携帯メールを用いていじめをする際,キーボードとディスプレイしか見えなくなり,そして,結果的に感情的な誹謗中傷を書き込んでしまう。」このことに対する警告として,常に授業でこの言葉を用いている。簡単に「キーボードとディスプレイの向こうには生身の人間がいる」と生徒に言っているが,そのことを理解させるためにこのシステムを考えた。

(3)模擬掲示板システムとは
     模擬掲示板システム(これは筆者の命名)について説明する。
  • フリーソフト,Apacheを用い,インターネットの掲示板と全く同じ掲示板を作成した。
  • そして,簡単に言えば模擬掲示板に書き込まれた文章の送信先を,ルーターで自動的に127.0.0.1(自分のパソコン,つまり生徒が模擬掲示板に書き込んだ元のパソコン)に変換して送信するシステムである。
  • この模擬掲示板システムの特徴は,パソコンが閉鎖系になっていて,生徒が自分のパソコンから模擬掲示板システムを立ち上げ,掲示板に書き込み,文章を送信すると,その文章がルーターを通じて自分のパソコンに撥ね返って表示されるよう作られている(自分のパソコン以外ではどこにも行かない)。
  • 従って,この掲示板に実際に文章を打ち込み,その文章を打ち込んだ本人が見ることにより,掲示板に誹謗中傷を打ち込んだときの気持ちや,それを見たときの気持ちが体験できるように工夫されている。
  • これを用い,私の常に生徒に伝えたいと思っている「キーボードの向こうにいる生身の人間の存在」を,生徒自身が強く感じ,印象付ける体験授業を行ったわけである。
(このシステムを有効だとお考えでしたら,インストール方法を書いたメモをつけて,プログラム等をCD(約9MB)で郵送しますので,筆者までメールして下さい。自由に使って頂いて結構です。1台約5分で,とても簡単にインストールできます。但し著作権は放棄していません。)

(4)このシステムを用いて

掲示板  このシステムを用いて生徒にネットモラルの授業を行った。
 生徒のデスクトップにあるアイコン「掲示板」をクリックすると,インターネットの掲示板と全く同じ形式のものが現れるようにした。

掲示板を立ち上げた時
▲図1 掲示板を立ち上げた時

 この掲示板システムに,実際に生徒に誹謗中傷の文章を打ち込ませてそのときの気持ちを体験させた。打ち込ませた文書は次である。
「○○は糞豚だ。お前なんか死んでしまえ。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。
 ○○はみんなにゴミと言われている。ごみはゴミ箱に行け!○○が来たらゴミ箱にほりこんだる。
 ○○さん,早く死んでください。みんな○○が嫌いです。死んだらみんなで喜んで葬式いきますから。お願いです。早く死んでください。」

掲示板に書き込んだ時
▲図2 掲示板に書き込んだ時

 このような文章を生徒が実際に打ち込んだ時の感想を聞いてみると,みんな本当に嫌であったようである。そして,打ち終わった後,「送信ボタン」を押すときにどんなことを感じるか【感想1】,そして自分が今まさに打ち込んだ文章を実際にディスプレイで見た時,どんな気持ちがするか【感想2】考えさせた。また,この個人名の所に自分の名前が入っているとどんな気がするか,そのことも実際に書き込ませて考えさせた。
 この時の感想は,下にまとめて報告しているのでご覧下さい。

(5)この文章は消えない

掲示板  生徒に「この掲示板の文章は,×を押してディスプレイの画面を消しても,もう一度アイコンをクリックして掲示板を立ち上げた時,消えていない(消せない)」ことも教えた。これは実際の掲示板と同じである。すなわち,実際の掲示板は誹謗中傷を書き込まれた方(被害者)からは削除できないこと(削除キーを持っていないこと)を教え,誹謗中傷の文章を掲示板に書き込んだ時にそれがいかに人の心を傷つけるか,身を持って体験させた。
 これを教えるまで軽い気持ちで打っていた生徒も,自分の打った文書が永遠に残り,色々な人に見られるというインターネットの掲示板を考え,書き込んだ文章に対する責任や誹謗中傷的な文章になっていないかについて冷静に見直すことの大切さを体験できたと思う。また,「この文章が消えないと判ったときどう思ったか」感想【感想3】を書かせ,インターネットの掲示板に誹謗中傷を書き込むことは絶対にしてはいけないことを強調した。この時の感想文も下にあります。ご覧下さい。

(6)文章が消えた

帝塚山 その後,生徒にデスクトップにある削除キーを教え,これを用いると自分が打ち込んだ誹謗中傷の文章が削除できることを教えた。そして,削除できた時の気持ちはどうであったか,感想【感想4】を書かせた。この時の感想文も下にあります。ご覧下さい(わざと,アイコン名を「削除キー」とはしませんでした。生徒はこれをダブルクリックして,自分の書いた誹謗中傷が削除されたことを確認するとホッとしたようです)。インターネットの掲示板では,「自分が記入した誹謗中傷の文章が永遠に残る」ということを生徒は実感し,そしてそれに書き込む(利用する)際の責任やマナー・ルールなどを理解してくれたと思っている。そして,この掲示板システムを使うことにより,(2)で私が強調した,「キーボードとディスプレイの向こうには生身の人間がいる」ことを実感させることができたと思っている。また,「常にキーボードの向こうの生身の人間を意識してインターネットの掲示板や携帯電話のメールを使い,誹謗中傷の文章を絶対に打ち込んではならない」ということも,身を持って体験できたと思っている。
3.このシステムを使ってみて
(1)まとめ

 このシステムは,生徒に非常に強烈な印象を与えたようである。特に,ネット・携帯電話のモラルの指導は,わかっている・当たり前なことを色々な形で繰り返すことが多いが,生徒にとっては「もう判っていることなので,聞きたくない」と興味を示さない生徒が多い。しかし,実際に誹謗中傷を打ち込んでみて,それを自分が見るという体験はかなり印象深く,また,実際の掲示板と同じように書き込まれた者(被害者)からは削除できないことを体験することによって,インターネットの特徴やそれを利用するときに心得ておかねばならないことなどを,身を持って体験できたであろう。そして,自分が誹謗中傷される身になってみた時の気持ちも,自分の名前が書かれた誹謗中傷の文章があるディスプレイを見ることにより追体験できたと思っている。

(2)感想を分析して

 この掲示板システムを行った時の感想を分析してみると,次のようになる。
    参加生徒:8クラス(在籍265名,2007年度)
  • よく理解できたと思われる感想:210名
  • まあまあ理解できたと思われる感想:32名
  • 理解が不十分と思われる感想:4名
  • 「こんなん見慣れているから何とも思わない」という感想:10名
  • その他:1名
  • 合計:255名(留学・長欠・欠席等:10名)
 割合をグラフにすると次のようになる。

模擬掲示板システム感想
▲図3・4 模擬掲示板システム感想

 (この判断は,感想文より筆者が判断したものです。従って必ずしも生徒の理解度を示していない可能性もありますが,感想文のまま判断しました。)
 理解が不十分な生徒は,残念ながら授業に対しても積極的でない生徒であり,「楽しかった」「高揚感がありわくわくした」などと感想を述べている。また,インターネットを日常的に利用している生徒ほど,「なんとも感じない」「見慣れているから気にならない」という感想を書いていた。
 そして,「過去の公立中学時代,ひどいネットいじめの被害に遭い,そのことが頭に過ぎって打ち込めなかった」という感想があった(昨年)。こういう生徒がいる可能性があることは,この模擬掲示板システムを用いてインターネット掲示板のモラルを指導する上で,指導者が十分心がけておかねばならないことである。今年は前回の反省を踏まえ,書き込むことや見ることを強制しなかった。従って,その様な反応も特になかったと思っている。

(3)終わりに

 この模擬掲示板システムは,ネットモラル・携帯モラルを学習する上で,あたかも軽いやけどをした者が本当に火の怖さを知り,その扱いを身を持って理解するように,一つの良い体験になると思う。また,その体験は生徒にとって,わかりやすくかつ印象深いのではないかと思っている。ネットモラル・携帯モラルは,当たり前で当然のことだけに,指導しにくく,また,一部の生徒が表面のみ理解したように取り繕い裏でひどい誹謗中傷を書き込むことは,ありがちなことである。しかし,色々な取り組みを持って積極的に指導していかねばならないと思っている。

(4)生徒の感想文より
    【感想1】
  • 送信なんか押したくなかった。
  • ストレス解消なんてならない。むしろ罪悪感が残った。こんなことをして楽しんでいる人がいるなんて信じられなかった。
  • 自分がばかばかしくなりました。とてもいやな気分だし,本当に後味が悪かった。
  • こんなことすると逆にストレスがたまる。とてもいやな気分です。
  • すごい罪悪感を感じた。本当に遣ってはいけないと思った。
  • すごく嫌だった。ぜんぜん何も考えないようにした。ただ打っているだけなのに悲しかった。
    【感想2】
  • やるせない気持ちになった。自分の名前と共に「死ね」や「ゴミ」とか書かれているだけでこんな気持ちになるなんて,本当に言葉は凶器になると思った。
  • 言葉だけで表れたら,本当に気持ち悪いし傷つくと思う。
  • 自分で送ったときと同じく,とても嫌だった。絶対に誹謗中傷はしてはいけないと思った。
  • 嫌だし,すぐ消したい気分だった。誰かに本当に見られたくないと思った。
    【感想3】
  • びっくりしました。早くどうにかして消したいと思いました。
  • インターネットもこうなっていると知ったので,もし私がこんなことをしたら,すごく後悔すると思います。絶対に誹謗中傷は書き込みません。
  • こんなもの早く消してしまいたいと思った。消えないなんてどうしようと思った。
  • もし,自分がこれを書き込んだら絶対に後悔すると思う。自分はしない。
  • とても責任を感じました。
    【感想4】
  • ホッとしました。でも,書き込まれた方の心の傷は消えないと思います。
  • よかったと思う。安心しました。
  • ホッとしました。でも絶対に相手を誹謗中傷するような書き込みはしてはいけないと思いました。
  • 消えてよかったです。もう書き込みたくないと思いました。
  • もうこんなんかかんとこと思った。
  • これは先生が作った掲示板だから消せるのでいいけど,消せなかったらゾッとします。
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