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ICT・EducationNo.47 > p1〜p5

論説
情報モラルをプレゼンテーションで深め学ぶ
─「ひと目でわかる最新情報モラル」で情報社会の歩き方がわかる─
北陸学院大学短期大学部コミュニティ文化学科 辰島 裕美
tatsushima@hokurikugakuin.ac.jp
1.はじめに
 2009年の学習指導要領改訂の基本的な考えの一つである「生きる力」※注1に基づき,「高等学校学習指導要領解説情報編」では,教育目標である「情報活用の実践力」の育成方法について,知識や技能の習得とともに思考力・判断力・表現力などの育成を重視している。そして,「調べる,まとめる,発表する,話し合う,討論する」学習活動は情報手段を活用しており,ひいては「情報活用の実践力」を高めることができるとしている。これを実証するために,2010年度の高等学校の教科「情報」の授業で「プレゼンテーション」の指導を重点的に取り組んだ。※注2その際,テーマを「情報モラル」に設定し,情報モラルの学習と情報活用の実践力を相互に高めることを期待した。
 情報モラルは,一般的に影の部分がクローズアップされているのではないだろうか。それが災いして,「危険なことには近づかない」という考えに傾くと,教科「情報」の教育目標の一つである「情報社会に参画する態度」※注3を育成できない。
 情報モラル教育とは,正しい行動を自分の意思で選んでいけるようになるために,現状や問題を把握し,その背景や原因を理解したうえで,自分はどのように行動すべきかを考えるものである。
一方,プレゼンテーションとはコミュニケーション手段の一つであり,この能力は,将来や現在の人間関係の構築において重要であることを生徒に意識させる目的で,プレゼンテーションの学習を通して向上した能力に関する意識調査を行った。※注4
 この結果,約半数の生徒が「規律性」が高まったと意識したことが分かった。「規律性」とは,社会人基礎力※注5から引用すると「社会のルールや人との約束を守る力」とされている。情報モラルは,情報社会のルールであり約束事を守ることなので,情報モラルを学ぶことは社会のルールを学ぶことにつながる。そこで本稿では,情報モラルをテーマとしたプレゼンテーションの実習において「規律性」が高まった要因を考察する。
2.プレゼンテーションと情報活用能力の育成
 授業で視聴覚資料の制作から発表までを一連の活動として経験することのメリットは,プロジェクタなどの機器の利用法を知り,ソフトウェアの操作法と見やすくわかりやすい資料を作る技術を習得できることである。さらに,発表という形態のコミュニケーションを学ぶことができる。
 調べて自分の意見をまとめ,聴衆に提示する資料を作成する過程は,まさしく学習指導要領の「情報を主体的に収集・判断・表現・処理・創造」することであり,「情報活用の実践力」の定義とも一致する。
 また,プレゼンテーションは視聴覚資料を提示しながら,口頭で発表を行うが,提示する資料と口頭による言語情報や身体的な動作などとでは,どちらを主体にすると効果的かを習得し,その使い分けを工夫することは,「情報の科学的な理解」に通じるものがある。
 さらに,すべての活動段階で聴衆である相手を意識する活動であるため,コミュニケーション能力の育成も期待できる。※注6したがって,プレゼンテーションを通してコミュニケーション能力や情報発信力を養うことは,情報社会に積極的に参画する態度や能力を育てることにつながるといえる。
3.年間を通した情報モラルの指導
 担当した教科「情報」は,1週間に2時間のカリキュラムで,1年生5クラスに対してすべての授業をティーム・ティーチングで行っている。年間を通してコンピュータルームで授業を行うが,講義と演習を組み合わせるため,役割を分担することで充実した授業を運営できる。また,情報モラルを教える際はことさら,この指導体制は重要であると認識している。情報モラルの問題は,あまりにも広範囲に及び,授業で議論を深めるにも,多様性に富んだ生徒の思考や疑問に応えるにも,一人では十分にカバーできないためである。
 情報モラルにおける目的を生徒にわかりやすく表した言葉として,「被害者にならない,加害者にならない」という合言葉のようなものがあり,情報科教員は折に触れて繰り返している。
 最初の授業で,IDを付与し,パスワードを決めてログインを行うのだが,「これは,学校のコンピュータを利用するための手続きだけではない」と指導するところからすでに情報モラル教育が始まっている。なぜ,IDとパスワードの重要性を理解しなければならないのかという説明として,「不正アクセス禁止法」などの法律や制度的な側面について触れている。
 ポスターを制作する際や,インターネットで調べたことを基にして意見をまとめるレポートを課す場合も,著作権をはじめ画像の取り扱いや引用,出典のルールを復習する。
 海上保安庁の職員が非公開の記録ビデオを動画共有サイトに投稿した事件や大学入試で携帯電話から質問投稿サイトにアクセスし,問題の解法を回答者に求めた不正行為など,情報モラルに関連した報道は多く,教材には事欠かない。実際に起こった問題を取り上げることで,生徒の興味関心を引きつけ,情報モラルの視点から考えさせている。また,警視庁などから配布される情報モラル啓発ビデオも,校内で携帯電話の使い方に問題が生じた場合や,夏休み前の気持ちが緩みがちな時期など,折に触れて利用している。
4.情報モラルのプレゼンテーションの実践
一連の授業の展開は表1の通りである。
5時間ひと目でわかる最新情報モラル
4時間情報収集・作文
2時間ソフト基本操作・スライド作成
2時間シナリオ作成・リハーサル
2〜3時間プレゼンテーション
1時間まとめと振り返り
▲表1 授業の展開

(1)「ひと目でわかる最新情報モラル」の活用

 影の部分が強調されがちな情報モラルであるが,技術やツールの開発は,本来は利便性や効率性を高めるためのものである。その点を認識できる副教材として『ひと目でわかる最新情報モラル高校版』※注7の活用を試みた。
 このテキストは,情報通信機器やサービスのポジティブな活用方法が取り入れられており,一つの項目につきダイアローグと解説からなる見開き構成で,五つある章ごとにコラムも掲載されている。ダイアローグは,大学生や高校生を登場人物に,生徒にとって身近な例でディスカッションが展開されているため,1年生でも支障なく読み進めることができる。実際に起こる問題や事件を自分のこととして捉えることは,学習を深めるきっかけになる。難しいと感じた項目は,ダイアローグだけを読み,興味や疑問のある項目は解説まで読み,重要なポイントにはアンダーラインを施すように指導した。また本書の項目には,レポートの目的や引用のルール,プレゼンテーションの注意点などの項目もあり,活動の際に利用できた。
 特に,メールの書き方について興味を持った生徒が多かった。高校生にとってメールといえば携帯電話のメールが中心であり,CCやBCCの知識もない。また,高校生が利用する携帯電話のメールは親しい間柄が多いことと,アドレスを登録してあるので受信の際に送信者が表示されるため,件名はおろか,名乗ることも宛先を書くことも省略している。生徒は,大学生が先生に課題のレポートを添付して送るときの作法などに大いに関心を示した。このように,自分たちの情報機器端末やインターネットの利用は,大学生や社会人とは異なることを知り,社会のマナーを学ぶことの大切さに気がついていた。

(2)情報収集・作文

 まず,多くの項目の中からポイントを抽出してクラスに対して講義を行う。次に,生徒が各自疑問や興味を持った項目について深めた。調べているうちに,複数の項目を関連づけている生徒も見られた。
 新聞やテレビ,ネットのニュースで報道された,情報モラルに関する事件や社会問題などの具体例について,インターネットを中心に情報収集し,事件の背景や社会への影響を考え,対応策などをまとめて作文にした。作文の内容をもとに自分の考えや学んだことを人に発表することで,一人ひとりの学びをクラスでシェアすることができた。

(3)発表準備とプレゼンテーション

 小学生の発表は自分の調べたことを一方的に発信することが中心だが,高校生にもなると,聞いている人に理解されるような発表が求められ,関心を持って聞いてもらうことが必要となる。そのために,表現にどのような工夫をすべきか,という点が重要である。つまり,スライドを作成する時点から相手の目線に立った表現を指導する必要がある。
 また,発表時の内容をすべて頭に入れて説明することは困難なので,あらかじめシナリオを作って印刷し,手持ちの資料にする。その後,ソフトウェアのリハーサル機能を使って時間配分を検討する。人の前で注目を浴びてのプレゼンテーションは緊張するので,リハーサルは重要である。
 このような準備にも時間をかけているものの,自分が発表することによる緊張は大きく,生徒は落ち着かない様子である。発表している人の姿をしっかり見ると,自分の発表の際に役に立つということは,筆者が行った短期大学のプレゼンテーションの実践研究で明らかになっている。※注4しかし,早々に発表を終えた生徒は発表を聞いているが,自分の発表が終わるまでは,他の発表を見るゆとりがない生徒が多い。これは,経験の少ない高校生には致し方ない部分でもある。
 場数を踏むという経験は非常に大きい。一部の3年生を対象に卒業レポートを発表する機会があるが,このときは1年生のプレゼンテーションよりも踏み込んだ指導ができる。しかしながら1年生にとっては一人でクラス全員を相手に,情報機器を利用してプレゼンテーションを経験するということが精神的にも大きな成長となるであろう。
5.「規律性」の意識の変化
 コミュニケーション能力は社会で必要な能力の一つであり,※注8プレゼンテーションを通してコミュニケーション能力が向上することを学習者に意識させる目的で,アンケート形式で授業後に振り返りを行っている。その際に利用する指標として,社会人基礎力の12項目を利用している。
 アンケートでは,社会人基礎力の12項目について,情報モラルを学ぶ前と比較して,プレゼンテーションを終了した後の自己の変化を「とても高まった」,「やや高まった」,「変化なし」から選択して回答させた。次いで現在の自分はクラスメートと比較して,「優秀」,「同等」,「劣る」の中からどのレベルにあるのかを,それぞれ3段階で回答させた。自己変化において能力が「下がった」という選択肢を設けなかったのは,たとえ発表での反省点が多くても,「次に気をつけるべき点がわかった」など,そこから学ぶことがあったとする前向きな考えによる。それぞれ上位3項目の人数と割合は表2の通りである。

とても高まった優秀
規律性62人49.6%傾聴力43人34.4%
傾聴力58人46.4%規律性40人32.0%
柔軟性48人38.4%柔軟性29人23.2%
▲表2 回答の上位3項目

 また,プレゼンテーションを経験した感想として,「初めは嫌だったが,やってみると達成感があり,少しは苦手が克服できた。まとめる能力が高まり,次の機会にはもっとよいプレゼンテーションができそうな気がした」というように,次に挑戦する意欲を見せていた。また,「モラルの勉強をして社会の常識を学んでそれを活かしてプレゼンのスライドや発表をわかりやすくつくるように考えているうちにいろいろ役に立つことが身についていった気がする」などの感想から,おぼろげながら情報モラルと社会常識を関連づけて考えた生徒もいたことがわかる。
 この結果で特に注目したい点が「規律性」の意識である(表3,表4)。

とても高まったやや高まった変化なし
62
49.6
46
36.8
17
13.6
上段人数・下段% n=125
▲表3 規律性の回答<能力の変化>

優秀同等劣る
40
32.0
75
60.0
10
8.0
上段人数・下段% n=125
▲表4 規律性の回答<クラスメートとの比較>

 「規律性」における能力の向上とクラスメートとの比較の関係を詳しく調べると,この実践を通して「規律性」が相乗的に上昇していることがわかる。このクロス集計の結果を表5に示す。

とても高まったやや高まった変化なし
優秀
同等
劣る
32(25.6)
28(22.4)
2(1.6)
5(4.0)
38(30.4)
3(2.4)
3(2.4)
9(7.2)
5(4.0)
人数(%) n=125
▲表5 規律性のクロス集計

 全体のうち25.6%がこの活動で「とても高まった」結果,「優秀」となったと意識したことが分かり,1.6%は「とても高まった」が人との比較では「劣る」と意識していることがわかる。
 活動を通して「規律性」において変化はなく依然として劣っているという4.0%は,他の11項目に対しても「やや高まった」という回答は見られるものの,「とても高まった」という回答はない。人と比較して「劣る」回答が多く,「変化なし」で「劣る」という組み合わせの回答が「規律性」に限らないことが分かった。これらの生徒の記述したコメントには,「緊張するので発表は苦手だ」というものがある。しかし,「自分の考えを,説得力を持って述べるには,調べるところからきちんとすべき」,「失敗の経験を将来のよいプレゼンテーションの基にする」といった,改善へつながる意見が確認できた。
6.情報モラルの基本は社会のモラル
 やや飛躍的かもしれないが,情報モラルを学ぶことは,「社会の歩き方を学ぶこと」だと考える。なぜなら,情報社会を日常とする現代人のあるべき姿として求められるのは,突き詰めればそこでどのように振る舞うかという,規範やマナーである。しかしながら社会経験の少ない高校生にとって,ネット上の空間と現実の世界は,大人ほど区別が明確ではない。
 そこで,何のために教科「情報」を学び,情報モラルが重要なのかを,「大人の社会」とリンクさせて学ぶことが必要であると考える。特に「情報社会に参画する態度」を育成する観点では,生徒には,自分たちが今暮らしている身近な社会から少し視野を広げて,義務と責任が生じる社会人として,どのように振舞うかということを合わせて教える必要がある(図1)。

図1 大人の感覚 高校生の感覚
▲図1 大人の感覚 高校生の感覚

 例えば前述したメールの送り方の違いでも,人に文書で伝達する場合に大人が注意するマナーや形式は,冒頭の挨拶から始まる。一方で,高校生は携帯電話のメールで情報を伝達するとき,相手に誤解されないように顔文字や絵文字を駆使する。これほどまでに両者の文化は異なる。しかし,大人も高校生も相手に対して敬意や配慮を示しているということには変わりはない。この時に,自分たちの現在の常識や慣習というものから,大人のそれを知って,時と場合によって使い分けられる人間を育成しなくてはならない。このことは,コミュニケーション能力であり,キャリア教育の基本的な部分と共通すると考える。同様に情報モラル教育で高められる「規律性」も,プレゼンテーションを通して身につけるコミュニケーション能力も,情報社会において他人とのかかわりや組織の中で自己がとるべき態度を獲得するために不可欠な要素である。
注1:2009年の学習指導要領改訂の基本的な考えの一つ。
注2:筆者は昨年度まで北陸学院高等学校において情報科を担当した。本稿はその実践研究報告である。
注3:情報教育の目標である3観点の一つであり,他に「情報活用の実践力」,「情報の科学的な理解」がある。
注4:辰島裕美,「キャリア教育のプレゼンテーション実習と高等学校の情報教育」,『コンピュータ&エデュケーション』,Vol.30,2011年6月発行予定
注5:経済産業省が2006年から提唱している「職場や地域社会で多様な人々と仕事をしていくために必要な基礎的な力」。具体的には「アクション」「シンキング」「チームワーク」の三つの能力があり,主体性・働きかけ力・実行力・課題発見力・計画力・創造力・発信力・傾聴力・柔軟性・情況把握力・規律性・ストレスコントロール力の12項目がある。
注6:辰島裕美,「社会人基礎力を育成するプレゼンテーション授業の実践‐地方企業へのインタビュー調査を踏まえて‐」,『CIEC研究会論文誌』vol.1,2010年3月,pp.69-74
注7:大橋真也,森夏節,立田ルミら,2010,『ひと目でわかる最新情報モラル高校版』,日経BP社発行,日本文教出版発売,ISBN978-4-536-60026-6
注8:( 社)日本経済団体連合会が2010年4月14日に発表した「新卒採用(2010年3月卒業者)に関するアンケート調査結果の概要」(http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2010/030.html 2011年3月31日最終アクセス)によると,採用側が選考時に最も重視する要素は,7年連続でコミュニケーション能力となっている。
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