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ICT・EducationNo.49 > p2〜p6

論説
これからの共通教科「情報」の授業とは
─情報社会に参画する態度を養う学習活動─
関西大学
黒上 晴夫
1.はじめに
 平成25年度から高等学校で新しい学習指導要領が実施される。教科「情報」では,教科名が共通教科「情報」に変わり,情報社会に参画する態度を養う「社会と情報」と情報の科学的な理解を中心とした「情報の科学」の2科目に再編される。本稿ではこうした背景を整理し,これから求められる学習内容について検討してみたい。
2.情報社会を生きる子どもたちの実態
 カリキュラムはつねに社会の変化に対応しなければならない。とくに情報教育の分野では,日々進展する情報社会への対応が求められている。しかし,学習指導要領は原則として10年単位での改訂にならざるを得ない。
 前回の改訂では,小中学校の情報教育において情報インフラの整備・普及が想定通りに進まず,学習内容も十分な深まりがあるとはいえない状況の中で高等学校に教科「情報」を新設しなければならなかった。したがって,高等学校入学時において生徒間で知識やスキルに相当な開きがあると考えられた。それに対応するべく,この分野について深い知識や経験がない生徒を対象とした科目として「情報A」が設置され,やや踏み込んだ内容を扱う科目として,情報の科学的な理解に軸足をおく「情報B」,情報社会に参画する態度を中心とする「情報C」が設定された。
 しかし,この10年間で学校の情報化は大きく進んだ。とくに小学校では,状況に応じて一人1台のコンピュータを用いた学習機会を提供できる学校も増えている。すでに小学校でプレゼンテーションを経験している児童の数も増加している。また,「ディジタルネイティブ」という言葉に象徴されるように,日常的にコンピュータにふれ,スマートフォンや携帯型情報端末を使いこなしている子どもも少なくない。したがって,近年の生徒は高校入学時でWebについては基本的に使えるものと考えていいだろう。一定のアプリケーションを学習の道具として使うこともある程度経験していると考えられる。
 そのいっぽうで,ネットワークの世界で自分自身を守るための知識やスキル,情報モラルについては,驚くほど身につけていないのが実態だと思われる。
3.共通教科「情報」の学習内容
 この状況を踏まえると,すべての高校生を対象にした共通教科「情報」では,従来以上に二つのねらい,「情報社会に参画する態度」ならびに「情報の科学的な理解」について学習させることが求められている。つまり,「社会と情報」を履修する生徒に対しても情報の科学的な理解についての内容を,「情報の科学」を履修する生徒に対しても情報社会に参画する態度についての内容を,しっかり学ばせる必要がある。
 それぞれの科目には,4項目からなる学習内容が示されている。それらと情報教育の各ねらいを対応させたものが表1である。もちろん,内容を詳細に検討していくとどのセルにもマークが入るが,大きく特徴をつかむ程度の参考としてとらえてほしい。
  学習内容の項目 情報活用の
実践力
情報の科学的な
理解
情報社会に
参画する態度




①情報の活用と表現
②情報通信ネットワークと
コミュニケーション
③情報社会の課題と情報モラル
④望ましい情報社会の構築




①コンピュータと情報通信ネットワーク
②問題解決とコンピュータの活用
③情報の管理と問題解決
④情報技術の進展と情報モラル
▲表1 学習内容の項目と情報教育のねらいとの対応

 この表からは従来の「情報C」「情報B」と同じような位置づけが,それぞれ「社会と情報」「情報の科学」に対してなされていることが読み取れる。しかし,「社会と情報」と「情報の科学」における「情報C」および「情報B」との関係を見ると,それらの複雑な関係が見てとれる(詳細は本誌p.32 〜を参照)。
 たとえば「社会と情報」は「情報C」の学習内容を踏襲しながら「情報B」の内容もより多く含むようになったと考えられるなど,一概に「情報C」が「社会と情報」に,「情報B」が「情報の科学」に,単純に移行したわけではないことに注目し,学習活動を展開する必要がある。
4.求められる学習活動
 では,実際にどのような学習活動が求められるのか,そこではどのような工夫が必要になるのか,学習指導要領の三つのキーワードをもとにして考えてみよう。

(1)メディアの意味
 今回の学習指導要領で用いられた言葉の中でも,多義性があって理解しづらいのが「メディアの意味」だと思われる。学習指導要領解説によれば,
1)表現手段としてのメディア
 メッセージを表現するために用いる情報の形態。
2)情報の伝達や通信の媒体としてのメディア
 情報がやりとりされる経路。
3)情報を蓄積する媒体としてのメディア
 情報を記録するものとしてのメディア。
 がある。しかし,文言の最後に「など」とあるため,その言葉が意味する範囲についてはこの限りではないことを考慮する必要がある。したがって,メディアという言葉を次のような用語としてもとらえることが望ましい。
4)マスコミをあらわす語としてのメディア
 放送や出版などの報道機関・情報発信機関そのもの。
5)情報を媒介するものとしてのメディア
 情報がメディアを介して伝わることの意味。
 情報通信の文脈では1)から3)の意味はとても重要だが,むしろ一般的な用語としては,マスコミを意味することがきわめて多い。「情報がメディアによってゆがめられる」という表現などに見られる「ゆがめる主体」は,意図的であれ非意図的であれ,情報を構成して送り出す機関であるマスコミなどである。そこで,報道機関や情報産業であるメディアによって大量に送り出されるメッセージと,自分たちがどうかかわるべきかを考えるメディアリテラシーの学習が,とても重要な事項になってきている。
 そして,2)の意味とも関連して,自分たちが情報を受け取る情報源としてのインターネットだけでなく,情報発信するメディアとしてのインターネットについて,そこで情報がやりとりされることの意味を,信憑性,信頼性,情報公開の範囲,著作権や知的財産,個人情報の保護,匿名性などといったさまざまな視点から検討する学習が必要だと考えられる。

(2)問題の解決/問題解決
 「社会と情報」では,「(4)ウ 情報社会における問題の解決」に「情報機器や情報通信ネットワークなどを適切に活用して問題を解決する方法を習得させる」という文言がある。また「情報の科学」では,「問題解決」が内容の2と3の両方の項目で登場し,大きなテーマとして扱われていることがわかる。どちらも,問題を身近なものとしてとらえ,解決することが前提となっている。これは,生徒が主体的に学習を進めるためだと考えられる。実際の授業においてどのような問題を扱うか,とくに注意を払う必要があるだろう。
 問題が解決されるまでのプロセスは,次のように示される。
1) 問題の発見:問題点の具体的な記述
2) 問題の分析:情報の収集と整理
3) 解決方法の検討・実践・評価:方法の考案/検討/選択,実践,評価の各段階
 問題解決を扱う教科等は「情報」だけではない。しかしながら,教科「情報」において問題解決を扱う理由は問題解決のプロセスにコンピュータやインターネットを用いることがほとんどであるためである。まず,問題を発見するためには,問題となる状況に関する知識が必要である。身近な問題も,つきつめれば社会のさまざまな問題とつながっているはずである。むしろ,社会のさまざまな知識や情報から問題を身近なものに絞り込んでいくようなプロセスが必要だろう。
 さらに,社会についての知識の多くはさまざまなメディアを通して入手したものである。情報収集や整理においても情報手段が用いられる。検索エンジンを用いて類似の問題状況を探し,集めたデータを表計算ソフトを活用して,分析したり,データベースに入れて整理したりすることになる。
 「社会と情報」では,ブレーンストーミングや図解,グラフ化などの情報そのものを扱う方法について焦点が当たる。いっぽうで,「情報の科学」では,問題をモデル化してシミュレーションを用いるなどして解決を図ることが重視される。
 また,情報手段によってどのような長短があるのかについて検討することや,問題解決を行いながら,その方法や効果について,つねに客観的に振り返る機会の設定が重要になる。

(3)主体的に考え,討議し発表し合う
 どちらの科目にも「生徒が主体的に考え,討議し,発表し合う」ことを求める記述がある。主体的な学習態度は,どの教科においてもとりわけ強調されるべきであるが,実は高等学校の授業の中でそれを実現するのは難しい。多くの学校現場で,授業は各自で学習の基礎となる事項を取り扱うだけで手一杯だと考えられている状況がある。
 いっぽう,情報手段については,自ら働きかけなければ何も起こらないしくみがもともとある。また,前述したように生徒は情報手段を日頃から「主体的に」用いているという実態もある。その中で,主体的に取り組んだり考えたりする方向を導くことがこの教科の役割の一つだといえるだろう。その方向性こそ「望ましい情報社会」や「情報社会の発展」へとつながるのである。
 「討議する」というとき,学習方法あるいは形態としてよく用いられるのがディベートである。ディベートは立場を定めてそれを正当化する主張を繰り広げるが,いっぽうで主張を防御するために反対意見についても掘り下げて調べる必要がある。さらに,その上でどのような議論が展開されるかについて推論する必要もある。その意味では,思考する学習が確実に行われるという利点がある。
 また,より自由な討議の仕方もある。デ・ボーノが提唱する6色帽子による議論なども参考になる。これは6色の帽子を用意し,それをかぶったという想定でそれぞれの色に規定されることだけを論じる(考えるモードを絞る)手法である。青は見通しや意思決定 ,白は事実,赤は感情,黒は批判的・否定的な意見,黄色は肯定的な意見,緑は創造的な意見である。まず青の帽子をかぶって,議論の方向性を決める。その後はほかの5色の帽子を適宜使っていく。全員が同じ色の帽子をかぶり,時間を決めて色に対応する考えだけを述べていく。議論の最後は青の帽子によって,議論をまとめる。青の帽子は議論を収斂させたいときがあれば,途中であっても用いられる。
 このような議論の手法を授業展開の選択肢としていくつかもっておき,学習目標に応じて使い分けながら議論の進め方についても学ばせることが望まれる。
 発表し合う学習では,すでに学校現場で広く取り組まれているものにプレゼンテーションがある。プレゼンテーションの指導では,資料の作成と発表の仕方について焦点化されがちである。しかし,今後求められていくのは発表をもとにした議論である。そこで期待したいのが,発表の内容についてのディスカッションである。そのためには,発表内容に関する質問をつくらせる指導とそれに応えさせるための指導が必要となるだろう。質問には,不明なことを明らかにするための質問と発表者の意見とは異なる見方や意見を述べて議論をするための質問がある。発表を聞いた後,つねにその両者を考えさせるような習慣をつけたり,それをうながすワークシートを手渡しておくような手立てが必要になると考えられる。

5.まとめとして
 学習指導要領が変わり,科目の改変があったとしても,学習すべき内容がまったく変わってしまうわけではない。指導事項の文言だけを見れば,同じような項目が並んではいる。しかし,まったく変わらないわけでもない。それは情報技術の進化や社会システムの変革を背景とした変化である。学習指導要領は,制度上そのスピードに追いつくことは不可能である。そうはいっても生徒はいまを生きている。教師も同じようにいまを生きながら,つねに学習指導要領の内容から,生徒にとって何が求められているのかを見通す必要がある。とくに本稿ではあまりふれられなかった情報モラルや情報安全の領域では,生徒を守る視点から指導すべきことは多い。どのように情報システムや情報社会とつき合うか,それこそ主体的に考える場面を授業の中でより多く設けることが必要である。
 「情報」の授業だからといって,操作スキルの指導でいい時代ではない。情報社会に参画する態度を養うこと,すなわち,情報社会における自分自身について考える時間が,新しい「情報」の授業なのだと思う。
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