ICT・Educationバックナンバー
ICT・EducationNo.6 > p15〜p17

交流
番組制作でメディアを学ぶ
愛知淑徳大学現代社会学部教授 大西 誠
onishim@asu.aasa.ac.jp
 最近,メディアリテラシーという言葉を良く聞くようになった。マスメディアが発する情報を「批判的に読み解く」ということが基本だが,自分たちが情報を発信する立場になると,欠落してしまうのが,この「批判的」なものの見方である。

 2年前には,「中学生日記」というNHKの放送現場にいて,番組の制作統括を担当していたが,ディレクターたちに要求していたのは,このことに通ずる謙虚さだった。若いディレクターは番組を演出することになると,つい受け手のことを忘れて,まるで“神”になったかのように勝手にふるまいがちなのである。教育的な内容をともなう場合でも,倫理とか差別だとかを意識しているかに見えて,実際には抽象的な観念にとらわれた言葉だけにとどまり,実をともなっていないことがある。そこで放送現場を離れた今,作り手,送り手は何を考えるべきか,大学で試みようとしている現状をお伝えしたい。

スタジオツアー
▲スタジオツアー
1.学生に番組を作らせる
 現在,私の勤めている大学では,“放送制作論”(①基礎②スタジオ制作③ドキュメンタリー)というビデオ作品を個人またはグループで制作する3つの講座がある。個人の場合は,Hi-8ビデオで自己PR作品を制作するもので,街の風景を織りまぜて心象風景を綴ったり,起きてから寝るまでの1日の様子をドキュメントしたり,自分の趣味やパフォーマンス,家族・ペットを撮影したりと,実に様々なものができてくる。ねらいは制作を通じて,自分を再発見してもらうこと。ビデオカメラで撮影するだけでなく,映像や音声の編集を行なうことによって,できあがった作品は,現実の部分を再編成し,違った自分の世界を作り上げていくフィクション行為であることも知るのである。自分自身を再発見することよりも,メディアによる情報操作を実体験するのである。しかし学生の誰もが,それを感じたり,意識したりするわけではない。さらに理解を深めるための手段も必要になる。

スタジオリハーサル
▲スタジオリハーサル

ニュース番組の収録
▲ニュース番組の収録
2.グループワークの大切さ
 グループワークといえば,まず学生が何人かでドキュメンタリーを作り上げていくことがあげられる。ディレクター,カメラマン,リポーターと役割分担し,ディスカッションを重ねながら取材し作品を作り上げていくのである。テーマが社会問題になるとまとめ上げるのが大変で,現在のところ,こちらのグループワークは成功していない。

 一方,私の担当している講座の中にスタジオでのグループワークがある。最近の若者は,集団作業が不得意といわれる。というより,そうした機会が少ないのではないか。見知らぬ他人と,どのようにつきあったら良いかわからない。従って,ほとんど口をきいたこともない者同士が,スタジオ番組制作という一つの枠の中で作品をまとま上げるために葛藤し始める。名目だけの学年クラスから横断的に参加してみると,自己主張の強い者,ほとんど自分を語れない者までバラバラである。まず意思疎通から始めなければならない。
3.番組づくりを楽しむ学生
 2年前までは,一つの講座の中で,個人の作品とグループのスタジオ作品の両方を実習させてきた。そのため,スタジオに入ると思いっきり遊んでみたくなる学生もいた。それこそ,機械操作とチームワークの大切さを学ばせることが目的で,多少のフィクションも大目に見てきた。実際に放送されている番組をまねてパロディ化したり,ブルーの背景に映像を合成するクロマキーという手法で楽しんだりと,それなりにそれぞれが達成感を感じて番組作りに励んでいた。

 しかし,それだけでは,テクニックを学ぶことにとどまり,現実の放送で使われる技術の目的や演出の隠れた意味まで思考は及ばない。メディアリテラシーあるいは情報教育でも道具操作という視点に留まっていて,メッセージ内容を伝えるメディアのマイナス面を視野に入れることは,案外少ない。入り口どまりになりがちである。校内放送の方が,まだ事実を限られた時間で伝えていく点では,学ぶ機会は大きいといえるが,大学ではそうも言っていられない。

番組試写
▲番組試写
4.ニュース番組でメディアリテラシー
 スタジオ制作が講座として独立して1年が経過したが,今年の学生たちは,今までとは一変し,少なくともテクニックと内容を一致させようと努力している。半数以上は,初めてチームを組むことになる仲間(10人余りのグループ)でニュースと天気予報を実際の放送のように作り上げていくのである。遊びの要素はゲスト役の一言ぐらいで,新聞記事を利用するなどして3分程度の実際に近いニュース番組を制作した。わずか3分の番組でも収録には,リハーサルをはじめ多くの時間と手間とたくさんの人間が関わることを体験した。次は,トーク番組あるいはリポート番組を制作することになっており楽しみである。もっとも,昨年ぐらいから,学生たちの中に実際にマスコミ関係で働きたいという者が増えてきた事情もあり,メディアに真面目に取り組む姿勢が現われているともいえる。

 カナダのオンタリオ州のテキストで,メディアリテラシーの基本的概念で述べられているように,「メディアは商業的意味を持つ」ということ一つをとっても,番組内容とスポンサーがターゲットとする視聴者との関係を理解するには,実際に自分で手がけてみるのが一番理解が深まるものである。4年のゼミ生はコマーシャル制作を試みている最中だが,そこではわずか数秒に込められる映像の意味を1カットの長さからカメラ・アングル,バックの音まで読み解こうとしている。このように実際に番組制作を体験することが,メディアリテラシーでは,ますます重要な意義を帯びてくるものと考えている。

コマーシャルの準備
▲コマーシャルの準備

コマーシャルの場面
▲コマーシャルの場面
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