ICT・Educationバックナンバー
ICT・EducationNo.7 > p18〜p21

海外の情報教育の現場から
アメリカにおける情報教育の現状
東京大学大学院教育学研究科助手 杉本 卓
taku@p.u-tokyo.ac.jp

 アメリカは,コンピュータやインターネットに関連した技術の開発・研究において世界で最も進んだ国であり,教育・仕事を含む日常生活のすべての場面でそれらの技術の応用・利用の最先端をいく国であるというのが,大多数の人のイメージであろう。もちろん,それはかなりの程度真実であるかも知れない。

 しかし,アメリカでは日本と違ってとても高度で素晴らしいことがどこでも当たり前のように行われていると思ったら大間違いである。アメリカの学校でも,コンピュータやインターネットの導入・利用に関しては,苦労や問題をたくさん抱えている。

 とはいえ,その苦労や問題を乗り越えたり回避したりするための考え方や支援体制などについては,やはりアメリカと日本では大きく違うのではないかと思われる。その辺りを念頭において,アメリカの学校での,情報教育にまつわる動向をさぐってみよう。

1.テクノロジーの導入と利用実態
 まず,約1年前に発行されたIT-Education No.2の「アメリカにおける情報教育の動向」(鈴木克明)にあるデータを,多少アップデートしておこう。1999年の調査※注1では,全米の初等・中等レベルの学校のうち,インターネットに何らかの形で接続できる学校は,95%にのぼっている(1998年には89 %)。この中には,学校全体で1台しかインターネットに接続できないところ(例えば校長室からダイアルアップできるだけ,など)も含まれている。では,全米でどれだけの割合の教室がインターネットに接続しているのだろうか。1999年現在で,63%(1998年は51%),つまり3教室に2つ近くの割合で,インターネットに接続できるのである。そして,小学校では11人に1人,中等教育では7人に1人の割合で,インターネットを利用できるコンピュータが配置されている。

 また,学校に1台でもインターネット接続可能なコンピュータがある学校の割合は,都市部でも田舎でもほとんど変わらない(都市部がやや低い傾向はあるが)。また,地理的にアメリカのどの部分でも,さほど変わらない。しかも,貧しい地域の学校(給食が免除または減額される学生の割合による)でもより豊かな地域の学校でも,ほとんど差がない。ということは,全米のほとんど全ての学校で,何らかの方法でインターネットにアクセスできる環境はあるということである。

 この数値を見ただけで,「アメリカは進んでいるなぁ」という感じを受ける人は多いだろう。実際,日本と比べてかなり進んでいるのは確かである。では,この数値は,実態としてどのような教室・学校の姿になるのだろうか。

 日本の学校でも,インターネットはかなり普及してきたので,これをお読みの学校の先生の中にも,学校にインターネットがあるという人は少なくないだろう。ところが,その多くの先生は,職員室や(よほど運がよくて)コンピュータ室といった限られた場所でインターネットが使えるだけというのが実態であろう。そのため,日常的な学習活動の中でインターネットを気軽に使うということは困難なのが現状である。

 ところがアメリカでは,普通の教室へのインターネット導入もかなり進んでいる。上述のように,約3分の2の教室にインターネットが入ってきているのである。アメリカの学校は1クラスの人数が日本と比べてかなり少ない。小学校であれば20人前後が普通である。そうすると,11人に1台の割合でインターネット接続のコンピュータがあるということは,単純に計算すれば1教室に2台程度,ということであろう。実際の小学校の様子を見てみると,コンピュータを数台まとめておいてある場所(コンピュータ室や図書室など)があることも多く,一般の教室には1台か2台コンピュータがあってインターネットが使える,というのが実際の姿である。

 アメリカでは,ネットワークの教育利用が盛んになり始めた頃から,インターネットなど広域ネットワークへの接続とともに,校内LANの整備が重要であることが盛んに言われてきた。それとともに,日頃子ども達が勉強・生活するそれぞれの教室の中に少数でもいいからコンピュータを入れることの必要性が叫ばれてきた。現在の姿は,まさにそれが形になってきたと言える。
ただし,やはり学校間の格差も存在する。インターネット接続可能なコンピュータがある教室の割合は,都市部の方が郊外や田舎よりも少なく,また貧しい地域ほど少なくなっている。給食が無料・減額の生徒の割合が11%以下の学校は74%の教室にインターネット接続コンピュータがあるのに対して,71%以上の生徒が給食支援を受けている学校では39%の教室にしかない。

 日本でも「デジタル・デバイド」ということばが聞かれるようになってきたが,アメリカの教育や社会においては,コンピュータやインターネットによって貧富や社会的地位の格差が再生産されるのではないか,と危惧する声もかなり大きい。現在,この格差の是正が重大な問題になっている。
2.コンピュータをどう使っているか
 では,学校・教室にコンピュータやインターネットがある環境で,教師や生徒はどのようにこれらの機器を使っているのだろうか。一昔前(ほんの5年くらい前でも)によく小学校などで見られたのは,課題が出来た子は教室の隅においてあるコンピュータでゲームやドリルをやって「遊んで」いいという,いわば「ごほうび」的使われ方が少なくなかった。コンピュータが教室に入ってきたのはいいが,実際どのように使ったらいいのかよくわからないという教師はかなり多かった。

 ところが,1999年現在の調査の結果を見てみると,事態はかなり変わってきている。相変わらず,ドリルの利用はある程度ある。初等教育では39%,中等教育では12%の教師が,中程度以上の利用をしていると回答している。また,ワープロや表計算などのソフトの利用をさせている教師の割合も,初等教育で41%,中等教育で42%ある。

 これに対して,より高度な情報処理・問題解決の道具としてコンピュータやインターネットを利用している教師がかなりの割合になってきている。インターネットを利用した調査をさせている教師は初等教育・中等教育でそれぞれ25%と41%,問題解決やデータ分析での利用は31%と20%,CD-ROMを利用した調査はそれぞれ27%,マルチメディアを利用したレポートやプロジェクトの制作が22%と27%,などとなっている。

 こうした利用方法の多様化と高度化の背景には,学習モデルの変化の浸透が大きな役割を果たしているのは間違いない。認知科学・教育学研究の発展によって,構成主義的な教育観は広く認識されている。子ども達の学びというのは,「知識」というモノを受け取る過程ではなく,自らの中で理解を作り上げる(構成する)過程であるという考え方である。

 アメリカの小学校では,日本の小学校のような教室の姿を見かけることは非常に稀になってきた。つまり,先生が教卓のところに立って,整然と並んだ机に座った子ども達に対して授業を行う,ということはアメリカの小学校ではほとんどない。クラスの子ども達全員が同じ事を同じペースで教わる,ということも非常に少ない。そうではなく,子ども達が一人一人課題に取り組んでいたり,グループで学習活動・探究活動を進めていく,という形がむしろ一般的になっている。

 ここで上に述べた「各教室に1台コンピュータが置かれている」様子を思い返してもらいたい。各自・各グループがそれぞれ課題に取り組んでいる中で,何かを調べたくなったり発表用の資料を作りたくなったりしたら,その子達がコンピュータのところに行って作業する。そのことが自然にできる学習形態なのである。日本の学校のように細切れの時間の中でみんなが一斉に同じ事をやることが中心では,各教室に1台しかなかったら非常に使いづらいかもしれないが,アメリカの小学校の学習のあり方の中では,1台教室にあることが実に大きな意味をもっているのである。

 中学・高校と進学するに従って,教科担任による細切れの時間割や,教科内容の量・質などから,講義形式の一斉授業が多くなる。しかし,最近では中等教育でも,生徒達の自主的な探究・学習活動が重視され,プロジェクト形式の学習が多く見られるようになってきている。

 コンピュータやインターネットの導入のあり方は,このような学習形態のあり方と密接に関わっている。そして,学習形態のあり方は,アメリカ文化の中で長い間培われてきた生活や人間のあり方と,教育・学習に関わる最新の研究とが,複雑に絡み合って成立しているのである。

 プロジェクト学習や,生徒の探究を重視した学習活動というと,「総合的学習の時間」のような特別な時間に行われ,それ以外は「普通の授業」を行っているのではないかと想像する人も多いかもしれない。また,そのような学習活動ばかりやっていると想像する人は,所謂基礎知識・基礎技能の習得が疎かになるのではないかと考えるかも知れない。しかし,このどちらの考えも,アメリカの最先端の研究・実践の中では,大きく異なる。

 例えば,テネシー州ナッシュビルで,ヴァンダービルト大学の研究グループを中心に行われているプロジェクト(Jasper Project )※注2では,最新の認知科学研究の考え方を背景に,学校の1日すべてを変えようとする実践が進められている。そこでは,マルチメディアやネットワークなどを随所に使いながら,子ども達にとって有意味な活動の中で共同学習・探求活動を行うことを通して,基礎知識についてもこれまでの学校学習に劣らぬ成果をあげている。もちろんそのような学習活動の中では,高度な問題解決や学習の転移などこれまでの学校学習ではなかなか成果が上がらなかった部分でも大きな向上が見られている。

 このように考えてみると,アメリカの学校へのテクノロジーの導入は,学校での学習のあり方を根本的に見直す動きと連携しながら行われているととらえることができるだろう。
3.支援のあり方
 アメリカの先生達は,コンピュータやインターネットを使うことについてどれ位抵抗がある/ないのだろうか。1999年の調査では,コンピュータとインターネットを使うことについてどれ位用意ができていると感じているか,という質問に対して,「全く用意ができていない」という先生は13%のみであった。「ある程度用意ができている」は53%,「よく用意ができている」は23%,「とてもよく用意ができている」は10%となっている。この数値は,初等教育でも中等教育でもほぼ同じである。さらに,驚くべきことに(?),20年以上の経験があるベテランの先生でも,上の各項目に対する回答はそれぞれ,16%,58%,19%,8%となっている。若手教師と比較してそれほど大きな差とはなっていない(4−9年の経験がある教師で,10%,49%,28%,13%である)。

 興味深いことに,3年以内に受けた研修(profes- sional development)の時間数によって,この数値は大きく異なっている。研修を受けた教師ほど,コンピュータやインターネットに対して準備ができていることは,下の表を見れば歴然としている。

研修時間 全然だめ ある程度 よく 非常に
0時間 32 46 15
1−8時間 19 55 20
9−32時間 61 25 10
32時間以上 32 37 29

▲研修時間数と教師のpreparedness(%)

 研修を受ければより技能が上がり,それによって「できる」と感じる人が多くなることは当たり前のように思われるかもしれない。ただここで注目したいのは,教師が「私は大丈夫」と思えるようになるような研修が実際に行われている,ということである。「研修は受けたけど,あんまり役に立たない」という声を聞くことももちろんないわけではないが,この表の数値を見る限り,研修はかなりの程度効果を上げていると言えるだろう。

 研修を受けることの動機は,もちろん自分の授業実践をよりよくするためという「純粋な」ものもあるかもしれないが,外的な要因も小さくない。州や自治体によって差はあるが,教育委員会が認めている研修を受けると単位が得られ,一定の単位を得ると給料や地位に反映される,というシステムがあることも大きい。また,教育委員会などが主催する講習会形式の研修だけでなく,大学の授業や大学・研究機関の研究プロジェクトの一部として開かれる研修など,多様な機会が公的に認められている。

 研修の内容としても,もちろんコンピュータの使い方を学ぶというものもかなり多いが,実際に教育の場でどのように情報機器を用いたらいいのかという問題を意識した研修も多い。大学の授業として行われているある研修では,学期の初めと終わりにだけ大学の教室で集まり,あとは各自がすでに行われているネットワーク学習プロジェクトに参加したり自ら学習プロジェクトを企画・試行し,それをもとにレポートを作成する,といった活動が行われている。このように子ども達の学習カリキュラムと密着した研修も少なくない。

 教師に対する支援という点では,既に知られているように,テクノロジー・コーディネータ,ITコーディネータなどと呼ばれる専門職による支援も大きな役割を果たしている。一般には数校に一人程度の割合で配置されており,テクノロジーに関する支援だけでなく,テクノロジーを使った授業の支援を様々な形で行っている。コーディネータは,自ら教師の経験があり,その後大学院などで情報教育・教育工学のトレーニングを受けた,という人が多い。その意味では,「機械に詳しい人」ではなく,「機械にも教育にも強い人」である。このような人的資源に関する支援が大きな役割を果たしていることは,いくら強調しても強調し足りない位であろう。
※注1 引用したデータはすべて,National Center for Education Statistics゛Internet Access in U.S.Public Schools and Class-rooms: 1994-99″(Feb,2000),゛Teacher Use of Computers and the Internet in Public Schools″(April,2000)による。

※注2 The Congnition & Technology Group at Vanderbilt(1997) The Jasper project: Lessons in curriculum,instruction,assessment,and professional development. Mahwah,NJ:Lawrence Erlbaum.
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