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概要

教育情報 No.17

例えば、中学生になって地域の高齢の方々のことを考えたり、社会に出てお年寄りの避難に関する取り組みに参加したりするようになると、地域の高齢の方々から有り難がられることもあるでしょう。褒められることで、自分が社会の中で機能したことを実感し、自己肯定感を高めることができます。 学校で先生に叱られたり褒められたりすることは予定調和な部分もあると思いますが、社会の中で褒められたり自分が位置付けられたりする喜びは、子どもたちが社会性を身につけることにおいて大きな意味をもつと思っています。 何よりも、自己肯定感が高まることで、さらに地域のことを考えたり行動しようとしたりする意欲につながっていきます。その中で命のことも考え、人の命や人権に対する意識、弱者に対する配慮の心が育まれていきます。 防災教育で得られる成果は、単に逃げるためや災害に向かい合うためのハウツーではありません。地域社会で生きるということの全体の中で防災教育が語られていくときに、その効果が大きくなるのです。それが防災教育の本質であると言えます。 釜石でも、他者の命との関係の中で命の教育として防災教育が捉えられてきました。子どもたちは当然、自分の命は自分で守るようにとか、ちゃんと逃げなきゃ命を奪われるから、と教えられました。しかし、例えば親との関係の中で、親は多分親自身の命よりも自分の命を大事に思ってくれる。そうすると、いざというときには親が自分を迎えに来る。そうすると親がどうなるかということに思いが及びます。そうすると、自分がちゃんと生き延びて対処できることは、自分の命をうんと大事に思ってくれる親たちがちゃんと行動を取れるという理解に思いが至るのです。この命の教育を介して改めて、言わずもがなで受けている親の愛情を再認識し、家族関係を見直すところに及ぶわけです。子どもたちが釜石の場合でも一生懸命逃げたのは、自分が逃げることが親の命を守ることにつながるという思いもあったわけです。 先生方は防災教育の必要性については認識を深めていても、その方法がわからずにいるとともに、防災教育に時間を取ることがなかなかできないというジレンマに陥っていると思います。 防災という教科が新設されることは難しいかもしれませんが、さまざまな教科の中に、子どもの育みの環境を整えていくことの一翼を担うものが数多くあります。例えば、社会科の中で地域を知ることは地域の災いと恵みの両面を知ることであり、ある意味地域の災害特性の理解が含まれます。命の教育ということであれば保健体育が関わりますし、弱者に対する配慮の心であれば道徳というように。クロスカリキュラムを積極的に導入することで、時間が取れないという問題に対処するような工夫もあるだろうと思います。 そして、校長先生や教頭先生、教育委員会の指導主事の先生といった管理職の先生の理解が重要です。12歳の小学校6年生は、10年経てば22歳で、地域の大人になり、さらに10年経てばお父さんやお母さんの年頃になります。今の防災教育は10年後の市民をつくり、20年後の親たちをつくっているのです。そう考えると、10年先のその地域の防災のありようを考えるときに、育みの中で将来の地域の人たちを今、目標に向けて育んでいると考えたら、防災教育は学校という枠を出て地域防災を形成するプロセスであると言えます。そのことを教育委員会が理解し、指導・支援がなされ、校長先生が同意し、その方針で現場の教員を導いていくということが非常に大事なのです。育みの環境を整えるために東京大学大学院情報学環特任教授、群馬大学名誉教授。内閣府中央防災会議「災害時の避難に関する専門調査会」委員、文部科学省「科学技術・学術審議会」専門委員、総務省消防庁「消防審議会」委員など歴任。主な著書:『人が死なない防災』(集英社新書)、『3.11釜石からの教訓 命を守る教育』(PHP研究所)。著者プロフィール● 片田 敏孝 (かただ としたか)03