ブックタイトル教育情報No.9
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教育情報No.9
近代の子どもの生活から学ぶ明治・大正時代の子どもたちも、地域や社会的階層などによって、その食生活は大きく異なっています。使用人がたくさんいる家庭では特別な日を除き食事も親とは別々の部屋で食べるところもあり、いつも一緒に食事する家庭が多かったとはいえません。しかし、A子さんのようにやむを得ず家事を担ううちに一人前になっていった場合でも、母との交流は十分あり絆は深いことが伝わってきます。いっぽう、比較的裕福な使用人が多くいる家庭でも、父親が作法をしつけただけでなく、ご飯の炊き方など基本的なことを教えている例もあり、女学校に通う年齢になると、十人家族全員の食事作りをさせています。つまり、親たちの多くが「子どもを一人前にすること」をその重要な役目としており、年齢などに合わせて様々な訓練をしていたためで、食生活はその一つであったといえるでしょう。食事作りだけでなく、その準備や生活に必要な仕事を子どもたちも日常的に受け持っていること、体験を通して知恵を育んでいることがうかがえます。民俗学者宮本常一は、郷里における親たちが子どもの教育で重視したこととして、子どもがよく働く人になることに加え、神を敬う人になることだったと述べ、子どもを嫌がらずよく働かせる親が甲斐性ものといわれたと記しています。Bさんの例など、親が上手に導いていたといえるでしょう。また、旅などで留守のために食事の場にいない家族の膳も陰膳として用意し、無事を祈る親の様子に食を通して「心」を育てていたこともわかります。また、ジョン・デューイは、その著『学校と社会』の中で、生活の中に含まれている訓練、性格形成、勤勉の習慣、責任の観念などは、行動そのものを通して育成されるとし、学校で実物教授をやっても、日常の仕事に身を入れ、心を配ることによって得られるものにはとうてい匹敵しないと述べています。つまり、自ら食生活を管理するためには、日々経験を積み重ねた結果により得られる技術と知識、知恵が重要で、生活の中で継続的に育まれる必要があるといえそうです。学校での食育を家庭で繰り返す工夫をただ、残念ながら現代の家庭では、明治・大正時代の親を期待するのは難しいかもしれません。学校における食育が重要とされているのもこうした現状が影響しているともいえるでしょうが、食育の内容を考える際に、日々の生活の基盤である家庭に何らかの影響を与え、家庭での「訓練」などにつながるものを工夫する必要があると思います。たとえば米を取り上げたとします。いろいろな教科で米について学べると思います。米の成分や種類を実際に見て学べば、家に帰って自分の家の米と比べてみて、どこが違うのか、なぜかを考えることを課題にする。これを炊いてご飯にする実習の後は、家でも炊いてみるか、電気釜なら毎日でも米を測って洗う(無洗米はその扱いを教える)ことを家庭での課題にする。さらに、農家に田植えなどの体験をしたり見学に行く機会があれば、各自の家庭の米がどこから来ているのか、それをどこで購入しているのか、その値段を調べる課題と結びつけ、学年によっては米作りから流通、価格、現在の農業の課題などまで発展させるなど、テーマを決めて各教科の連携とともに、常に家庭に継続的につなげていく形とすることで、子どもたちは、総合的に知識と体験とを取り混ぜながら自らのものにできるのではないかと思います。これから育つ子どもたちの社会は、今とは変化しているかもしれません。どんな社会であっても、それぞれのコミュニティーのなかで一人前に生きていける知識、知恵、技術や心が育ち、自ら判断し、管理できれば、対応できるに違いありません。各教科が連携してテーマを設定するなどして、学んだことを家庭でも継続して体験し、子どもたちが自ら掴み取れる環境を設定することが学校の食育に求められる重要な役割の一つだといえるでしょう。著者プロフィール●江原絢子(えはらあやこ)島根県生まれ。1966年お茶の水女子大学家政学部食物学科卒業。博士(教育学・名古屋大学)。東京家政学院大学教授を経て、現在、同大学名誉教授・客員教授。(一社)和食文化国民会議副会長。専門は、食文化史・食教育史。主な著書は、『家庭料理の近代』(単著、吉川弘文館)、『和食と食育』(編著アイ・ケイコーポレーション)、『近代割烹教本集成全6巻』(編・解説クレス出版)、『日本の食文化史年表』(共編吉川弘文館)、『おいしい江戸ごはん』(共著コモンズ)、『日本食物史』(共著吉川弘文館)など05