ActiBookアプリアイコンActiBookアプリをダウンロード(無償)

  • Available on the Appstore
  • Available on the Google play

概要

ROOT No.23

――もともと算数・数学は得意教科だったのですか? 算数・数学はとても苦手でした。私は3 月30 日の早生まれで,それを言い訳にしてはいけないのですが,クラスの中では何をやってもできない子でした。算数のドリルを解き終えるのも一番遅かったですね。時間が十分にあれば,問題を解くことができたのかもしれませんが,スピードを競ったり手際よく何かを行ったりすることが苦手で,そこから算数・数学が嫌いになってしまったのかもしれません。 それでも『博士の愛した数式』を書いていたとき,数十年前のこんな記憶がよみがえってきました。高校数学の証明問題で,一生懸命考えて証明を書いても「これは間違っているな」となぜか思うことがあったんです。反対に,「これは絶対合っている」とわかることもありました。この小説を書いて気づいたのですが,答えが合っているかどうかが感覚的にわかったのは,証明の流れの美しさを感じていたからだと思います。 そうは言っても,あまりにも本を読むのが好きでしたし,文系と理系は明確に分かれていて,その??間には橋が架かっていないと思っていたので,自分は文系だと思い込んでいました。今思えば,かたくなに文系と理系で人間を分ける必要はなかったかもしれません。子どもの頃は,恐竜の本や図鑑,家庭の医学,新聞の科学欄などを読むのも大好きでした。自分は小説を書きたくて文芸科に進みましたが,今は一見文学とはかけ離れているようなものでも,小説にならない題材は無いと感じているので,何を勉強してもよかったなと思います。 余談ですが,大学生の頃に一度だけ手相をみてもらったことがあり,「あなたは将来,数学関係の仕事に就くでしょう。理系の方にあなたは向いています」と言われました。そのときは,絶対にそんなことはないと思ったのですが,今は少し当たっていたのかなと思います。小説にならない題材は無いのではないかと思います。――苦手だった数学が題材の小説を書くことに,    不安などはありませんでしたか? 私は数学に関して初心者なのですが,ほんの少し数学の扉に触れただけで,感動することが何度もありました。例えば「あぁ,数字の中には完全数や,友愛数というものがあるのだな」と,はじめて知ったときは喜びを感じましたね。この喜びを,いかに『博士の愛した数式』で再現できるかが心配でした。 また,この小説を最初に載せた文芸誌『新潮』の編集長に「数学者を主人公に書こうと思っています」と伝えたときの,なんともいえない不安に満ちた表情はよく覚えています。「……数学ですか?」と,少し後ずさりをするような表情でした。しかし打ち合わせをする中で,編集長が「そういえば,学生の頃に取り組んだ図形の問題で,はじめはわけがわからなかったのに,補助線を一本引いただけでパッと全てがわかったという,あの感動は素晴らしいものでした」と言われたんです。それを聞いて,「やはり数学は小説になる題材だな」と思いました。編集長が経験したような物語的な体験を,実はみなさんも数学を通して経験されているのではないでしょうか。数学の扉に触れたときの喜びや感動を小説で再現できるか心配でした。算数・数学情報誌 ROOT No.23 3