ブックタイトルROOT No.23
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ROOT No.23
――『博士の愛した数式』の読者からは, どのような反応がありましたか? 若い読者の中には,「ルート君が偉い!」と博士よりルート君に対して感情移入している方が多かったです。一見すると,博士がルート君を人類愛的な大きな愛で守っているようだけれど,実はルート君が博士を守っているのだと,若い読者は捉えていました。√記号がどんな数字でも受け入れるように,ルート君は博士を受け入れているのですね。また,ルートには「根っこ」という意味もあります。ルート君は,子どもが生まれながらに持っている,そこにいるだけで大人が救われるような神秘的な力で,小説世界の根っことなりこの小説を支えてくれているのだと思います。 『博士の愛した数式』では,誰が主人公なのかパッと答えられません。家政婦さんは,博士の晩年に偶然寄り添うことになった立場で語る非常に重要な人物ですが,あくまでも語り手です。では,博士が主人公なのかというと,博士もルート君がいないと輝けない人物です。はじめから意図したわけではないのですが,博士と親子の3 人が三角形をなしており,この3 という数字が重要だったのだと思います。博士と家政婦とルート君,誰が主人公なのかパッと答えられないですね。――『博士の愛した数式』がきっかけの 思わぬ出来事はありましたか? この小説をきっかけに,日本数学会から賞をいただいたときのことです。私の表彰の前に,別の数学賞を受賞された研究者の紹介や,受賞者ご本人のスピーチがあったのですが,それを一言も理解できないという非常にシュールな体験をしました(笑)。日本語で話されているはずなのに,私には内容が何一つ理解できない,けれども素晴らしいことだ貴重な体験や思いがけない出会いをくれた小説です。ということはわかる,という貴重な体験でした。 もう一つ意外な出会いだったのは,日本のスイス大使館に招待していただいたことです。小説で取り上げた,数学者のオイラーがスイス人だったことから,「よくぞ,オイラーを取り上げてくださいました」とディナーに呼んでくださったのです。ただ,スイスの方との共通の話題がオイラー以外に何があるのか,とても困りました。男子プロテニス選手のロジャー・フェデラーや,スイス在住だった作家トーマス・マンの話などでなんとか乗り切りました。 また,数学の本を読んでいるときに,6 や28 が完全数ということを知ったのですが,阪神ファンだった私は「28 は江夏の背番号だ」と偶然気づくことができました。江夏はいろいろな球団を渡り歩いていながら,阪神時代だけにこのような象徴的な背番号をつけていたのです。年代の異なる博士とルート君を結ぶ共通の話題として,野球がうってつけだろうと思っていたので,これはうまくことが起きたとしか言いようがありませんね。 私が今まで書いた小説の中でも『博士の愛した数式』は,最も思いがけない出会いをもたらしてくれた小説です。4 算数・数学情報誌 ROOT No.23